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四十七士赤垣源蔵(あらぐさ抄) | 高橋実の本棚

あらぐさ抄(長岡よみうりのコラム)column

四十七士赤垣源蔵 あらぐさ抄

 

四十七士赤垣源蔵

 12月14日は四十七士討ち入りの日であった。1702(元禄15)年のこの日、赤穂浪士47人が本所の吉良邸に討ち入りし、主君の仇討ちを成し遂げた。
 瞽女唄に赤垣源蔵「徳利の別れ」がある。吉良邸討ち入りを深夜に控えた、12月14日の夕方のこと。討ち入りに加わる赤垣源蔵は別れを告げるため、雪の降る中、兄・塩山伊左衛門の住まいへとやってきた。ところが兄は不在だった。
 仕方なく、兄嫁に頼んで兄の羽織を出してもらい壁に掛かった兄の羽織の前で持参した酒を飲んで帰る。伊左衛門は源蔵が別れのあいさつに来たと聞き、会えなかったことを悔やむ。
 朝になると、江戸の町は赤穂の浪士が吉良邸に討ち入って敵討ちをしたという話題で持ち切りだった。伊左衛門は下働きの一助を呼び、討ち入りから引き上げてきた浪士の中に源蔵がいるか、確認に走らせる。市助は一行の中に源蔵がいるのを見つけ、形見の品を渡されて戻る。伊左衛門は市助から一部始終を聞くと、源蔵が置いていった徳利を手にし、残っていた酒を飲み干した。「徳利の別れ」の場面として描かれるようになった。(みのるん)

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