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私の「北越雪譜」半世紀 2 「北越雪譜」との出会い

鈴木牧之suzuki bokusi

鈴木牧之

その2 「北越雪譜」との出会い

 私が「北越雪譜」という言葉を知ったのは、いつの頃だったであろうか。
 それは今から六十年も遡る高校生の頃だったことは確かである。その頃私は郷土の歴史に関心が向くようになった。黒い表紙の「小国郷土史」を夢中で読んだ。それは昭和十二年出版の本である。そこに北越雪譜から引用の二つの文が載っていた。一つは「渋海川のさかべったう」(初編下之巻)という。渋海川は筆者の住む小国を貫流して流れる川である。「べったう」とは蝶の事で、春の彼岸の頃、幾百万という白い蝶が水面より六十センチほどの高さを羽もすれ違うほどの群れをなして、水面から三メートルの高さを川下から川上に向かって飛ぶ。それはまるで花吹雪のようだというのである。一日中絶え間なく続き、まるで霞を引くようにも見える。夕方になるとすべて水面に落ちて、流れ下る。その有様は白布を引いたように見えて、川面に水も見えないほどである。この日本国には幾本の川が流れているが、渋海川に限ってほかの川では聞いたことがない。それなのに、天明の洪水よりこの現象がぱったり途絶えてしまったというのである。この話は鈴木牧之が直接目の当たりにしたのではなく、渋海川近くに住んで牧之の故郷へ嫁いできた老婦の話を聞いて書き記したものだという。
 この「べっとう」はトビケラという蛾の類で、水中で巣をつくり、大発生して群れ飛ぶと「校註北越雪譜」の脚注に書かれている。小国の竹部英雄さんは昭和の初めころ渋海川いっぱいに白い蛾が川下から川上に流れるように飛んでゆく姿を見たと片桐与三九さんの「小国のことば」に紹介している。

渋海川奇蝶図
 もう一つは「渋海川ざい渡り」(初編 中之巻)というものである。「ざい」とは氷の方言である。渋海川が冬は一面に凍り、その上に雪が積もって、平地のようになる。しかし、急流が岩にぶつかるところは雪が積もることがなく、水面が見えるところもある。渡しでは斧で氷を割って舟を出すこともあるが、氷が厚くなるとそれもできず、舟を陸に挙げて人々は氷の上を歩いて渡る。この現象を「ざい渡り」と呼ぶ。この氷が春先になると、割れ、三十四里の川に張った氷が砕けて海に流れ下る。その響きは千の雷の音に均しく、山が震える程である。その日には付近に住む人は一日中外へ出ないでいるのに、よその人は花見のようにして酒肴を携えて、川岸に茣蓙を敷いて、見物するというのである。大小幾万の氷が水晶のように波にゆられて流れ下る様は壮観であると書いている。
 それにしてもこの川が凍ってその上を歩いて人が対岸まで渡るという話は、聞いたことがない。この話は本当なのであろうか。牧之の頃、地球はもっと寒く、こういう現象があったのだろうか。牧之は何かの話を聞き違えたのではあるまいか。これを実証する術はない。挿絵には「氷見」の場面でなく、「さかべっとう」を眺めている場面が描かれている。これも本文と照合しない。
 これを読んでから「北越雪譜」という本で、「ほくえつせっぷ」と読むことも知った。一体この本はどのようなことが書かれているのであろうか。大学に入ってから書店で岩波文庫の「北越雪譜」を購入した。そこには岡田武松校訂と書かれていた。岡田武松氏は、千葉県出身で中央気象台台長を務めた気象学者であったと後に知った。北越雪譜は文学書としてではなく、科学書として知られていたのだった。しかし、岩波文庫では文学のジャンルで出版されていた。この書は現在も垢にまみれてわが書斎に納められている。


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