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私の「北越雪譜」半世紀 10 雪の履物・被り物

鈴木牧之suzuki bokusi

鈴木牧之

その10 雪の履物・被り物

   雪靴は抑留中の糧となり 小川田鶴

 この句は、雪国育ちの作者の夫がシベリアに抑留中、農家から藁を分けてもらい、雪国育ちの腕を利用して藁靴を編んだところ、大変喜ばれ、藁靴造りに励んだところ、生計の足しになったという話だった。
 雪国ではこうした藁の履物・被り物は雪道を歩く場合の必需品だった。北越雪譜初編上之巻に「雪道」の項があり、読みやすく訳すと次のように書かれている。
 冬の雪はやわらかいので、人が踏み固めた後を歩くのは楽であるが、旅人が一夜の宿を出て歩こうとすると道は雪に埋まって方角を失ってしまう。このときは里の人を雪踏みしてもらい、かんじきやすかりを履いて道踏みしてもらい、そのためにたくさんの費用を使う。旅人はその道の開くのを待って、無駄な時間を過ごすことになる。幾ら足の丈夫な人でも雪道を行くときは、一日わずか二、三里(十キロ前後)に過ぎない。かんじきで足が自由に動かず、雪が膝を越すほどの高さになるためである。
 また、この本の二編一之巻に「雪中歩行の用具」という項目があり、ここに「藁沓」「深沓」「はばき」(足の脛を覆うもの)「むねあて」「しぶからみ」(かまぼこ状をしていて足先にかぶせて寒さを防ぐ)「かじき」「すかり」と挿絵入りで紹介されている。

すかりを履いて歩く図
 次の頁にはすかりを履いて歩く人の挿絵が載っている。この挿絵がドイツミュンヘンの博物館に日本の雪国紹介に飾られていると聞いたことがあるが、筆者はまだ見ていない。
 十日町地方で、新雪の深さを表すのに、履物で表現するという。「草履雪」といえば、昨夜はほとんど降雪がなく、草履で雪道を歩けることを指し、クツユキといえば、サンダル状のかかとの高い靴で歩ける降雪五、六センチを指し、スッポン雪といえば、スッポンという長靴状の藁靴でないと歩けないほどの二〇センチほどの新雪、さらにかんじき雪は、人はかんじきを履かないと歩けない五〇センチ以上もある新雪、その上にすかり雪は一メートルもの豪雪をさす。これらはとりもなおさず、雪道を歩くには、それにあった履物が要求されていたということである。藁は雪国の人には格好の履物、被り物の材料になる。熱を伝えず、寒さも遮る。冒頭の俳句作者もシベリアという厳寒の地で、藁靴がいかに人々に喜ばれたかが表現されている。
 雪国では冬の内職はもっぱらこの藁を使っての道具造りが主であった。藁ほど加工しやしやすい材料はない。荷物を担ぐための荷縄、物を縛る細縄、藁靴、草鞋、草履、長靴、蓑、しぶらがみ、脛幅(はばき)、すべて藁工品であった。こうした意味で、藁は当時の雪国では貴重な工作材料だった。これで藁屋根の材料になり、屑布団とよぶ、敷布団にも使われ、家畜の餌になった。兄や父がこうした藁製品を作る技術を習得していたが、筆者はそれだけ若かったせいか、とうとうこの藁工芸技術を身に付ける機会がなかった。ゴム製品が出てきて、藁工芸に時代が終息に近づいていたからである。
 筆者の子供の頃は、さすがに藁靴で登校する子供はいなかったが、ゴムでできた長靴の下敷きに藁屑を敷き、靴の下から雪の冷えが足にのぼって来るのを防いだ。かんじきは雪国の必需品でスーパーの店頭にいまも販売されている。かんじきを履く時には、履物は細縄でかんじきと靴を固定するが、縄が緩んでしまい、靴がするりとかんじきから抜けてしまう。その時藁靴だとしっかり固定する。すかりは新雪がどさりと降った時に使用する履物であるが、筆者はこれを履いた経験がない。


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