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私の「北越雪譜」半世紀 15 雪まつり

鈴木牧之suzuki bokusi

鈴木牧之

その15 雪まつり

 日本国内で最初に開催された自治体単位のイベントは十日町雪まつりとさっぽろ雪まつりであり、同じ昭和二十五年に始まった。新潟県十日町市の雪まつりは今年で六十七回にあたる。今十日町市には「現代雪まつり発祥の地」の石碑が建っている。に始まったものである"雪まつり"というとすぐ思い出されるのは札幌雪まつりだが,札幌の雪まつりは一九五〇(昭和二十五)年の二月十八日に始まり、十日町の雪まつりはこれよりも二週間前の一九五〇年二月四日に第1回が開かれた。このため一九八〇(平成元)年の第四十回目に「十日町は雪まつりの発祥の地」と宣言している。
 この祭りの発祥にかかわった人が先回も紹介した雪エッセイスト・雪崩研究家として名高い高橋喜平氏である。昭和二十二年昭和天皇が新潟県内を巡行された時、天皇陛下が「何か雪国を明るくするような話はないか」と質問されたという。それが元になって、十日町雪まつりは第1回が開催された。札幌雪祭りより二週間早いということで雪まつり発祥の地十日町としてプライドを保持している。第一回の雪まつりは、十日町文化協会が主催し、雪の芸術展や雪具供養の火の周りで十日町小唄を踊る雪中カーニバルやスキー駅伝大会などが主なイベント内容だった。
 この発祥碑は二〇〇九年の二月に開催された第六〇回雪まつりを記念して建立された。だが、新潟県の六日町地区では戦後まもなくから厳冬期の娯楽として造形を作る遊びが流行っていたといい、そのような例は他にもあるという。
 札幌雪まつりはネットでは次のように紹介されている。
 雪まつりは、一九五〇年に、地元の中・高校生が六つの雪像を大通公園に設置したことをきっかけに始まった。雪合戦、雪像展、カーニバル等を合わせて開催、五万人あまりの人出で予想以上の大人気でした。以後、札幌の冬の行事として市民に定着していくことになります。一九五三年には、高さ一五メートルの大雪像「焦点」がはじめてつくられた。一九五五年には、自衛隊が参加し、大規模な雪像づくりに挑戦。翌年からは本州からの観光客も増えて大盛況となったという。雪中芝居小屋を作る図
 北越雪譜の中には、現在行われているような雪を道具としたイベントの紹介はないが、しいてあげれば、「雪中の芝居」など雪を積んで舞台を作り、そこで芝居をする。江戸時代には地芝居といって、素人の民衆が楽しみのために歌舞伎芝居を演じ、近隣の人々を集めて興行することがあった。図は越後国魚沼郡(新潟県)近辺の二〜三月頃、まだ雪の残るなかで地芝居をしようと小屋を作ったり、素人役者が練習したりと用意しているさまを描いている。さじきや花道は雪を固めて作っているのが雪国らしい。みんな、雪が晴れて芝居を楽しむ日を待ち望んでいることがわかるすがすがしい風景である。

 五穀が豊かに実り、貢物も心置きなく納め、一般の人が満足して春を迎えるとき、氏神の祭りの日に当たるときなど、人々は地芝居を興行することとなる。役者は其のところの素人役者であったり、近村から頼んだ人である。師匠は田舎芝居の役者を頼む。最初は寺などへ寄り集まって狂言芝居を演じてから、それぞれ役を決めるが、その議論が紛々としてなかなか決まらない。このころはまだ雪消えが進んでいないが、いよいよ役者も決まって稽古が始まる。しぐさも上手になって芝居の幕開けの日も決まり、衣裳は専門の人がいるのでそこから借りるので、不足のものはない。この芝居は雪のあるうちにやるので、役者の家はもとより、親類縁者から人を集め、芝居小屋場の雪を平に踏み固め、舞台や花道楽屋桟敷まですべて雪を集め、形よく作る。この雪の構造物は一夜のうちに凍って鉄石のようになるので、どんなに大勢人が入っても、決して崩れるおそれはない。舞台・花道は雪で作った上に板を敷き並べ、この板も一夜のうちに凍り付いて、釘付けするよりも固くなる。物売の茶屋も作る。どこも平一面の雪なので物を煮るところは雪を掘り、糠を散らせば雪の解けないのは絶妙である。

 これらの芝居こそ雪まつりのルーツと言える。雪の中で人々が生き生きと楽しんでいる様子が目に見えるようである。筆者も何年か前、十日町にいたとき、この雪まつり雪上カーニバルを見学したことがある。雪を踏み固めて作った雪上舞台で様々な催しが繰り広げられる。現在こうした雪まつりは雪国の各地でさまざまに展開されている。長岡しでも六大雪まつりと称して、とちお遊雪まつり」「スノーフェスティバルin越路」「長岡雪しか祭り」「おぐに雪まつり・雪上エンデューロ大会」「えちごかわぐち雪洞火ぼたる祭」「古志の火まつり」などが知られている。雪しか祭りの「雪しか」は、雪氷を売っていた「雪しか屋」の屋号に由来している。当時の長岡の人たちは雪を夏まで貯蔵して、それを販売していた。冷蔵庫のなかった時代だった。魚や肉の保存、水枕用にも、夏まで残った雪は貴重である。酒や野菜の雪中保存など、夏雪の使用範囲は広がっている。そういえば、北越雪譜出版打ち合わせに来た江戸の山東京山父子が六月、三国峠の茶店で黄な粉をかけた雪を販売しているのを見る場面がある。六月の雪は山の沢々の枯草の下に埋もれていたのを掘り出した雪だった。現在のアイスクリームというべきか。


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