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私の「北越雪譜」半世紀 15 雪崩の恐ろしさ

鈴木牧之suzuki bokusi

鈴木牧之

その15 雪崩の恐ろしさ

 雪崩は雪の葬送である。その誕生の壮厳にして華麗なるに較べ、その葬送はあまりにも悲惨で残酷である。そして、時おりこの葬送に人々をいけにえとして捧げねばならない。これを我々は遭難と呼び、雪山のアクシデントのもっとも悲惨なものに挙げている。事実、雪山で雪崩ほど怖しいものはない。しかし、雪崩を怖れるのあまり、それに萎縮してはならない。我々は雪崩に召された人々の尊い犠牲の教示と科学の力をかりて、雪の葬送に貢を出さずにすむようにしたいものである。そして、伝説が悲惨であるほど美しい余韻を持つように、雪の遭難も遠い昔語りとして美しい詩となる日の来ることを希っている。(「雪国の人びと」創樹社 1979)
 この一文は雪研究家高橋喜平氏の一文である。
 北越雪譜上之巻巻末に「雪頽」の項目がある。現在「雪崩」という漢字をあてるが、北越雪譜には「雪頽」という字をつけている。申すまでもなく、積もった雪が一度にどっと崩れ落ちるようすを言う。この部分を要約すると次のようになる。

熊に助けられた人
 山より雪が崩れ落ちることを方言で「なだれ」という。また「なで」ともいう。なだれは、吹雪と並んで雪国の災難の代表ともいえる。この国で、東南の山々には雪が三、四メートルもふるが、春先になると、暖気を受けて割れて滑り落ちる。その時の響きは大木を折るほどの大きな音がする。春になって地元に人はその時期と場所を知っているので、雪崩に打たれることは稀であるが、しかし、自然はきまぐれで、不意に襲ってくるので、雪崩の下に埋まって死ぬこともある。何千メートルという高山から一度に崩れ落ちる大木を折り、大石を転がすその音は、雷の百千を集めたような轟音で、その時には、必ず暴風を伴い、日中でも闇夜のように暗くなり、その恐ろしさはとても筆舌に尽くしがたいほどである。
 と書いて、牧之は巻之中で「雪頽人に災す」「寺の雪頽」の二つの項目を上げている。
 前者は道を歩いていた主人が雪崩に巻き込まれ、手足もバラバラになって掘り出される話となっている。その雪頽の下に埋まった人を捜索するのに、鶏を雪頽の現場に放すと、遺体の埋まったところで鶏が鬨を作るというので鶏を現場に放す話が載っている。後者の「寺の雪崩」は、思川村(現南魚沼市)の天昌寺の和尚が、屋根のつららを打ち払おうとして一打ちしたところが屋根の雪が一度にどっと落ちて、和尚は雪崩に押し放たれて、池を飛び越え、雪に半身を埋められたが、その音で他の屋根雪掘りの人夫が掘り出して、けが一つせずに助かった話を載せている。雪崩に死ぬべき命を助かったのは、お経を書いていたその功徳のおかげであるに違いないといい、「人は常に神仏を信心して悪事災難を免れんことを祈るべし」と教えられたというのである。
 中之巻に「ほふら」という項目がある。これは、新雪雪崩といわれ、現在は雪崩の中に一括している。この「ほふら」は山の大木に積もった雪が、風などの影響で塊が落ち、斜面を転がるうちに周りの雪を巻き込んで次第に巨大な塊となり、雪の津波のようになって大木を押し倒し、人家さえも押しつぶす。雪崩は前兆があり、前もって知ることもできるが、「ほふら」は前触れなく突然に落ちるため、不意を打たれて、逃げることができず、十人のうち一人助かるのは稀である。
 北越雪譜では、「雪頽」と「ほふら」を区別しているが、学界では「なぜ」を面発生湿雪全層雪崩と呼び、「ほふら」を乾雪表層雪崩(いわゆる新雪雪崩)と呼んでいる。表層雪崩は、積雪の上に新雪が降り積もり、不安定な状態で起こるので、銃声や人の声が発生原因となったり、スキーで横切ったりしたその直下からなだれることがあるといわれる。登山者などは巻き込まれて下敷きなる例がよく知られている。新幹線よりもはやい速度で滑り落ちるので逃げ切れないためという。
 現代の雪崩事故で知られているのは、大正年間に起きた湯沢町三俣の大雪崩が有名である三俣は越後から関東へ越す唯一の通路である三国街道沿いの宿場である。ネットではこの事故を次のように伝えている。「三俣の大雪崩(みつまたのおおなだれ)は、大正七年(1918)年に新潟県南魚沼郡三俣村(現在の湯沢町字三俣)で発生した雪崩災害。三俣雪崩とも呼ばれる。死者一五五名にのぼり、二〇一二年現在、日本最悪の雪崩災害である。1918年1月9日午後11時30分、大雪崩の一報を伝えたのは、付近で水力発電所の工事を行っていた作業員である。三俣村集落の東側の山から大規模な雪崩が発生し、人家28戸、学校1棟が雪に埋まった。作業員は深夜に猛吹雪の芝原峠を越えて隣町の湯沢町にこの情報をもたらした。正確な記録ではないが、1000人とも2000人とも伝えられる大規模な救助隊が編成され、救助にあたったらしい。しかし、夜半の災害で多くが就寝中に受災したこともあり、救出後に死亡した3名を含め死者155名という大きな被害となった。
 北陸線列車雪崩直撃事故では親不知〜青海駅間で大正十一年列車に雪崩が直撃して脱線し、90名が死亡する事故も起きている。 雪崩は斜面が30度から40度に発生するといわれる。それ以下では動きが悪く、以上では雪が積もらない。現在は危険個所には雪崩防止柵などが設置されている。


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