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私の「北越雪譜」半世紀 17 雪中の洪水

鈴木牧之suzuki bokusi

鈴木牧之

その17 雪中の洪水

 洪水の起こるのは雪解けの時期や梅雨の時期だけではない。真冬でも起こる。上之巻では「雪中の洪水」という項目を載せている。その話はおよそ次のような話である。

 大小の川に近い村里では、初雪のあと洪水の災害に苦しむことがある。この洪水のことを方言で「水あがり」と言う。

 ある年、関(せき)という隣りの宿場で妹が嫁(か)した油屋に泊まった時のこと、10月の初め頃で2メートル50センチくらい積もっていたと思うが、深夜になって近隣の人たちが大声で叫びながら立ち回っている物音に目が覚め、「これはどうしたことか。」と胸がどきどきし、寝ていた布団から急いで起き上がると、家の主人が両手に荷物をさげ、「水あがりです。早く早く裏の『掘りあげ』(かいた雪を山のように積み上げたもの)に避難してください。」と言い捨てたなり、自分は持った荷物を二階へ運んでいく。勝手(台所)のほうへ行ってみると、家中の男女が狂ったように駆け回っていて、家財を水に流すまいと手当たりしだい持ち去って行く。水は、低いほうへ向かって潮(うしお)のように押し寄せて来て、すでに畳を浸し庭にみなぎっている。見える限りは全て積もった雪、その一面の雪の白い光が暗い闇を照らしそこを流れていく洪水の恐ろしさは言いようがない。私は人に助けられて高い所へ逃げ登った。遥か町中のほうを眺めると、提灯(ちょうちん)や松明(たいまつ)をともした大勢の男たちが、手に手に「こすき」を持ちかついで、雪を越え水を渡って声を張り上げながらこちらにやって来る。「水あがり(洪水)」に遭わなかった人たちがここに急いで集まり(洪水の流れをかえるため)川筋を開いて水をそこから落とそうというのである。

ソリ遊びの図

 一方、真っ暗で姿は見えないが、女性や子供の泣き叫ぶ声が時に遠く聞こえ時に近くにこだまし、聞くに堪えない有様である。今にも消えそうな松明(たいまつ)一つをたよりに、人と馬が首まで水につかり、みなぎる流れの中を渡っていく危険な様子が見えるが、きっとあれは馬を助けようとしているのだろう。またこちらでは、帯もしていない女性が片手に子供を負い、片手に提灯(ちょうちん)をさげて高い所へ逃げ登ってくるのがすぐ近くなのではっきりと見える。みっともない状態であるが命と引きかえであるから、そんなことにかまっていられない。かわいそうなこと、おそろしいこと、時には苦笑してしまうようなことまで種々さまざまな光景が展開して、とても書ききれない。東雲(しののめ=東の空が白々としてくる早朝)のころになってやっと水も治まり、みんな安堵(あんど)の表情を浮かべている。

 そもそもこの地域で雪の中の洪水は、だいたい初冬(陰暦10月)と仲春(陰暦2月)とにある。この関という宿場は左右の人家の前に一本ずつ川があり、下流で魚野川に合流する。夏の最も暑いころでも渇水することのない清流水である。だからどの家もこの川の水を井戸水の代わりとし、桶でも簡単に汲めるから日ごろの便利さは井戸よりはるかに勝っている。冬場はどうしているかと言うと、初雪から10月のころまでにこの2すじの川は、上を雪に降り埋められ、流れは雪の下となる。各家ではそれぞれ自分たちが汲みやすいよう雪を掘って利用する。一夜で雪に埋もれてしまうこともたびたびあるのでそのたびに掘り直す。人家に近い所でもこのように何度も雪かきが必要なくらいだから、2本の川の上流は更に雪に埋もれるわけである。上流が雪に埋もれると水が流れて来ないばかりか、「水あがり」の恐れも出てくるから、この水を利用している人たちは力を合わせて流れが遮(さえぎ)られないよう雪を取り除く。けれども、誰もが仕事をもっているわけで、いつも雪かきができるものではない。また、予想を越えるほどの大雪が一夜にして降り水源をふさぐ時には、水は川をあふれ、低い所へ向かって流れ出す。宿場は人の往来がしやすいよう雪を踏み固め低くしているので、流れ出た水はそこをみなぎり来て、更にあふれて人家を襲う。そして被害にあうのは、今述べたようである。時には、幾百人もの人たちが総出で力を振りしぼり水の流れる道を開かなければ、多くの家財を流しあるいは死者が出てしまうような大きな洪水もある。

 また、仲春(陰暦2月)のころの洪水は、だいたい春の彼岸(ひがん)前後である。雪はまだ消えずにある。山々はもちろん、田畑では真っ白で平らな雪面が渺々(びょうびょう=広く果てしない様子)として続き、支流の小さな川は雪に埋もれて水は雪の下を流れている。大きな川も、冬になると岸辺から凍りはじめ、その氷の上に雪が積もる。積もった雪もまた凍って岩のごとく固くなり、そこに再び雪が積もる。岸の凍っている端(はし)に何度も雪が降り積もり、これが繰り返されていくうち、しだいに川の見えている部分が狭くなり最後には両岸の雪が合わさってその下を川は流れるようになる。見た目には陸地と区別がつかぬ一面の雪原である。

 春が近づいてくると寒気がだんだんとやわらいでくる。暖かくなって雪もあまり降らなくなる2月のころ、水は地面より温度の変化が早いせいもあって、川の上に積もっていた雪が水面に近いほうから解け出し、岩のように凍っていた所も弱くなって崩れはじめ、流れは雪に遮(さえぎ)られて狭くなるがゆえに、水勢はますます激しくなっていく。気温の上昇によって柔らかくゆるんだ雪の下を選んでいつしか川岸からもあふれ、ある時、まさにことわざにあるよう、「寝耳に水」の状態で人々を襲うのだ。(後略)

 最近『高志路』(新潟県民俗学会)四〇三号に「北越雪譜の挿絵を読む」という小特集がなされているが、ここに高橋由美子氏が「雪中の水害」の一文を寄せている。道路の両脇に雪を流す流雪溝が整備されているが、ここに一度に雪を投げ込むと詰まって洪水になるためへ時間を決めて雪を流している。上流では雪処理のためどんどん流雪溝に投げ込むと下流で雪が詰まり、道路にあふれ出す。雪処理は昔も今も変わりがない。


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