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私の「北越雪譜」半世紀 22 「美人」の項の伏せ字

鈴木牧之suzuki bokusi

鈴木牧之

その22 「美人」の項の伏せ字

 『北越雪譜』の校訂者山東京山は、一八三六(天保七)年息子京水を伴ってはるばる越後塩沢にやってきた。本文では「丁酉の夏」と書いているが、丁酉は天保八年にあたり、京山はなぜか天保七年を丁酉と勘違いしているようである。この書二編は京山が息子で、挿絵担当の京水をつれて塩沢に来てからの執筆で、二編には「百樹日」(「百樹」は校訂者京山の号である)の文が全体の三割にもなり、京山の塩沢記行ともいうべき部分である。
 この二編四之巻に「美人」という項目がある。京山父子が越後の旅で小千谷の岩淵岩居老人を訪ねたときの記行文である。小千谷の船岡山に登り、そこから眼下の信濃川を眺めていた時、十六・七歳の娘が柴籠を背負って登ってきて、煙草の火を貸してくださいと近寄ってきた。その時キセルを差し出した顔を見ると、その美貌に驚いた様子が書かれている。
 娘は煙管の火を移し、三人とも煙草を吸っている。(中略)白い歯をきらきらと覗かせて笑いあっている様子は白い蓮が水上で風に揺れているような美しさである。ああ、おしいかなこのような美人もこんな辺鄙なところに生まれたために愚かな男の妻になってしまう。このような美しい花もとげのある茨と一緒に朽ちてしまうのかと百樹は嘆く。岩居にこのことを話すと、岩居はいう。「彼女は屠者(ゑた)のむすめですよ」と答えたのである。百樹はびっくりして「糞壌妖花を出だす」とはこのことだと感想を述べる。訳せば「汚物から美しい花が咲く」という意味になる。
 筆者が初めて岩波文庫の『北越雪譜』を購入したのは、一九五九(昭和三十四)年だった。『北越雪譜』が岩波文庫になったのは、一九三六(昭和十一)年で、筆者が購入したその本には、第十四刷と奥付けに書かれている。その297頁には「かれは〇〇〇〇なり」の四字が伏せ字になっていた。伏字その後手元にあるのは一九七八年第二十五刷である。この奥付けには「1978年3月 第22刷改版発行」とある。この二十二刷から今まで冒頭にあった岡田武松の「解説」を巻末に持ってきて、さらに「『北越雪譜』のこと」という益田勝美氏の一文が載った。加えてこの改版で該当部分を「かれは屠者のむすめなり」という伏せ字を原本に戻した。そしてこのあとがきで次のような一文を編者益田氏は載せた。
 特に読者のご了解をえたいのは、二編四之巻「美人」の「かれは…の娘なりと聞きて再び愕然たり」の条である。ここは、差別的言辞の社会的影響を考え、従来伏字とされていた。本文庫以後の他の諸本もすべてそうなっているが、今回熟慮の結果原文に復することにした。元来、この一節は、「百樹日」とはじまっていて、山東京山のさかしらの書き添え部分で、牧之の稿本にあったものではない。当時の権力が仕向け、社会の多くが盲従した差別を、江戸文人が無批判に吸収し、当然と考えていたために、筆に現われた言辞である。これを伏せて、結果としてわれわれも隠蔽に加担するのでなく、京山の意識のその部分を批判し、現代社会、われわれの体内にも、同種の意識を温存するしくみが生き残っていないか、真剣に考える手がかりにしたい、と考えた。単純な原文主義でこの問題は解決出来ないが、原文を前にして考えなければ、差別の克服はありえない。上記のような問題処理はわたしの考え方を貫こうとしており、責任もわたしにある。読者の御了解を願うとともに、あるべき考え方について御批判・御教示を賜わりたいと思う。
 一九七〇(昭和四十五)年筆者も関わった『校註北越雪譜』(野島出版刊)ではこの部分は「〇〇の娘なり」と伏せ字のまま、出版された。そして一九九三(平成五)年巻末に「改訂のことば」を載せ

 特に二八五ぺージの「屠者」の部分を当時の風潮によって伏字にしたことについては、むしろ原文のままを読者に紹介し、註に意を尽して私たちの考えを読者訴えるべきではなかったかと反省しつつ話し合った。

 この伏せ字復古の部分には332頁に長文の「補註」を載せ、牧之を含めた当時の差別意識について触れている。この時すでに監修者としての宮氏は亡くなり、井上氏がこの部分を書き、筆者も相談を受けた。一九九六(平成八)年に発刊の『現代語訳北越雪譜』では「彼女はエタの娘なのです」と訳している。
 西沢睦郎氏は『生きろV』(高等学校用指導の手引き 新潟県同和教育研究協議会刊)の中で、岩波文庫の益田勝美氏の一文「当時の権力が仕向け、社会の多くが盲従した差別」について一九七〇年代の政治起源説に基づいた指摘で、時代を感じさせる。京山の差別意識をあぶり出し、手厳しい糾弾を加えている。伏せ字を原文に戻す理由とは言え、京山にとってはいささか酷ともいえようか」と述べている。西沢氏は差別を政治的起源説とした考えを批判した。部落差別は幕府などの権力者が、最下層の被差別身分を作ったという考え方を指すという。また西沢氏は北越雪譜二編巻三「鳥追い櫓」で「江戸の鳥追いというは非人の婦女音曲する女太夫とて…」と「非人」を取り上げていると指摘している。岩波文庫の編者もここまでは意識していなかったのであろう。「屠者」と「非人」を区別していたためか。


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