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木喰仏を巡る旅(寶生寺) | 著書紹介

著書紹介book

木喰仏三十五体の大群像の一部

小千谷市小栗山 小栗山木喰観音堂 木喰仏三十五体の大群像の一部

『木喰仏を巡る旅―越後佐渡 ほほえみの仏たち』の内容の一部です。

寶生寺(長岡市)

寶生寺(ほうしょうじ)
寶生寺

 長岡市西北部、小木ノ城丘陵に源を発する黒川沿い白鳥(しろとり)にある真言宗豊山(ぶざん)派の古刹寳生寺には木喰の刻んだ三十三観音像の大群像が安置されている。木喰がやってきたのは文化元年(1804)六月九日で、翌月七月十三日まで滞在して観音像三十三体を刻んだ。木喰上人の鑿(のみ)使いは速く、一日三体を刻む日もあった。この寺で木喰上人を迎えたのは第三十七世義天和尚。境内にそびえる大銀杏(いちょう)の木を眺めた木喰上人は、この木で西国三十三観音を彫らせてほしいと懇願し素材とした。群像の中心に置かれたのが自刻像(四十五センチ)で、長い鬚(ひげ)を垂らし、数珠を手にしている。 他の仏像に比べて一回り小さい。お上人様と呼ばれているこの自刻像のみは同年八月十六日に上前島青柳家で刻まれ、後にここに移された。
寶生寺  ここ寳生寺にある三十二体(一体は欠損)の観音は聖観音、十一面観音、千手観音、如意輪観音、大提(だいてい)観音、馬頭観音など、さまざまな像種の群像が並んでいる。その中心に木喰上人自身を彫った小さな自刻像がある。なかでも如意輪観音は木喰仏中の白眉で、昭和五十八年(1983)の平凡社『別冊太陽 木喰の微笑仏』の表紙を飾った。昭和になってこの木喰仏を見た大谷大学の五来重(ごらいしげる)氏はこの仏像を見て「微笑佛(みしょうぶっ)」と呼び、「仏像の交響曲と呼ぶに相応(ふさわ)しい」と著書に述べている。
寶生寺  おおよそ一カ月で三十数体を彫り上げるという偉業を成し遂げた後、木喰上人は七月十四日に上前島の青柳家に向かって出発した。この群像は当初、寳生寺境内の白山神社観音堂に安置していたが、幕末に観音堂が火災に遭い一時山門の楼上に置かれた。
 昭和四十二年、小千谷の小栗山観音堂の木喰仏と共に新潟県文化財に指定された。
 翌昭和四十三年、本堂前に木喰堂を建立し、木喰仏を安置した。境内に木喰上人の「福は内、満免で納むる年のくれめったむしゃうに満免のよの中」という歌碑も立っている。


 
※ 木喰仏の写真は本書をご覧ください。
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<本の事項>
書 名 木喰仏を巡る旅
副書名 越後佐渡 ほほえみの仏たち
著者名 高橋 実/著
    大久保 憲次/監修
出版社 新潟日報事業社
出版地 新潟
出版年 2011年
定 価 1600円+税
ISBN 978-4-86132-441-3


※ 『木喰仏を巡る旅』目次のページをご覧ください。

 

長岡市白鳥 真言宗豊山派寶生寺 三十三観音の大群像の一部

長岡市白鳥 真言宗豊山派寶生寺 三十三観音の大群像の一部(下段中央は木喰上人自刻像)

■木喰仏の本のご紹介