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新潟県の昔語【昔話の語り活動】

新潟県の昔語【昔話の語り活動】mukasi

新潟県の昔語(『越後山襞の語りと方言』より)

高橋 実 

 
新潟県の昔語

 日本における昔話の型の半数以上がこの一地方に見出されると民俗学者関敬吾氏に言わしめた新潟県。その中で民話採集の業績を高く評価された水沢謙一氏も平成六年七月、他界された。
水沢謙一氏に昔話を語った語り手もおおかたは他界され、いまは長岡市の下條登美さん、栃尾の林ヤスさん、守門村の佐藤ミヨキさんなど、数少なくなってしまった。
 越後は、県境の脊梁山脈の山襞にひっそりと寄り添うように息づいて、たくさんの集落が点在している。そして冬には雪に埋もれて半年の間は冬ごもりの生活を余儀なくされる。
 越後の昔話を語るときには、こうした風土を抜きにしては語れない。昔話の多くは、こうした長い冬ごもりの生活の中で語り継がれてきたのである。囲炉裏端で、または布団の中で、苧績み(越後縮の糸作り)の作業中に語られた。子供たちは、同じ話を何度聞いてもあきなかった。
 昔話には、独特の語り口があった。まず語りだしは、「昔あったてんがな」「昔あったってや」 などといって、昔話の世界に誘う。そうすると聞き手は「さーす」「さすけ」「さんすけ」などの相槌を打たなければならない。この意味は「さようでございます」が省略されたものといわれている。この相槌がないと、語り手は語れない。「ねら、さーす言わなけや、だめらねか」と聞き手に相槌を要求する。昔話はつまり話し手と聞き手と両者が作り出してゆく世界である。話の結びは「いきがぽーんときれた」「いちごさけもうした」「いっちょうざっくり」「いっちょうさかえもうした」「いちごさけどっぺん。鍋の下がりがり甘酒沸いたらのんでみれ」で終る。これらは「一期栄えた」の意味といわれる。こうした語りの形式は越後独特のものではなく、全国どこでもなんらかの形で共通している。日本古典にある「今は昔」とも共通している。
 昔話は、地名の由来などの一部を除いては、その土地独自の話は少ない。しかし、長い間その土地で語られている間に、その土地の話に変えられてゆく。たとえば全国的に知られている「笠地蔵」なども、越後の縮文化圏では、この笠が縮の切れはしに変えられて語られるのである。
 水沢氏が昔話を採集していた時期から四十年が過ぎて、語りの場面も変わってきた。
 いま昔話の第二の変革期ともいえる。昔話の教育的価値、言語文化伝承としての価値が見いだされて、昔話ブームともいうべき時期が到来しているといえる。小さいとき祖父母から昔話を聞いた経験を持たない人がかえってこの世界に魅かれ、語りをやりたいという人が出て来たのである。かつてのように二、三人の子供を相手に、囲炉裏端で語るのではなく、大勢の前で高座に上がって語る形式に変わってきた。子供より大人の聴衆が多い。土地の言葉で語る話も方言が忘れ去られ、意味が通じなくなってきたのである。それでも昔話はこれからも故郷の言葉で語り続けなければならない。

 
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<本の事項>
越後山襞の語りと方言
著者名 高橋 実/著
出版社 雑草出版
出版地 長岡
出版年 2007年
定 価 2200円+税
ISBN 4-903854-00-7

越後山襞の語りと方言
 

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