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わが昔話の軌跡【わが昔話の軌跡活動】

わが昔話の軌跡【わが昔話の軌跡活動】mukasi

わが昔話の軌跡(『越後山襞の語りと方言』より)

高橋 実 

 
わが昔話の軌跡

 ・私の昔話入門
 刈羽郡小国町の山間の村に生を受け、五十五歳の今まで、ここに住み継いでいる私にとっては、昔話はわが心の原風景である。この世界の中から祖父母や藁屋根や囲炉裏端や灰の中から出てくるアンブとよぶ焼餅が浮かび上がってきて、いつでもそこから、暖かく、和かな雪解けの風が吹いてくる。「爺さ爺さ、湯でも茶でもやろうかい」という、サル婿話の三人の娘の問い掛けの話であるが、小学校四年の年、他界した祖母の昔話の一節である。全体の筋は忘れてしまっても、そうしたリフレインだけは鮮やかに思い出すことができる。
 私の昔話に刺激を与えてくれたのは、平成六年他界された水沢謙一氏であった。当時、ラジオから昔話が放送された氏の話から、ちまたに昔話ブームが起こっていた。昭和三十三年、当時高校三年だった私が、ラジオから流れてくる、氏の昔話に刺激されて、親戚のお婆さんの昔話を聞きに出掛けたのが、私の昔話採集の発端だった。それから次第に採集範囲を広げ、休みになると、町内のお年寄りを訪ねては、昔話を聞いてノートに取っていた。そのころ、まだ今のように録音機が手に入らず、ひたすらメモするだけだった。
 高校三年生、十八歳という年齢は、一体どういう歳であろう。今の私の仕事のあらゆる物が、この年から始まったといっても、過言ではない。郷土の生んだ南北朝時代の英雄小国政光の足跡を訪ねて、城のあったといわれる延命寺ヶ原を夏の日に歩き回った日でもあったし、「小国郷土史」の本に引用されていた、「北越雪譜」の名を知ったのもこの年だった。わが家のルーツを訪ねて親戚を訪ねていったのもこの年だった。そして昔話の世界に踏み込んだのも、この年だった。当時、水沢謙一さんが、盛んに昔話の採集に県内を回っていた頃だった。NHK新潟放送局で、昔話の語りを女性アナウンサーが語っていたのに耳を傾けた。
 こうして休みになると、私は、筆記用具をかばんに入れて、村を回った。当時録音機はあったが、高価で高校生がとても買えるものではなかった。水沢氏に手紙を出して、氏から何回か励ましのお手紙を頂いた。
 昭和三十三年十二月、水沢謙一氏を長岡市立宮内小学校に訪ね、ますます昔話への傾斜を強めていった。校長室には、新潟県内の地図が壁に張られ、ところどころに赤い丸印が付けられていた。そこが、昔話を訪ねていった、氏の採集地だった。氏は、そのころ、継子いじめの昔話に興味を持っておられ、「あわぶくこめぶく」などの話に興味を引かれていたようだった。
 こうして集めた話を「小国の昔話 その一」として自らガリ版に起して、印刷発行したのは、昭和三十四年三月だった。その数、二十八話、発行部数五十部であった。その後、幾つか集めた昔話もあったのだが、私の興味が別のところに移ってゆき、そのノートは空しく引き出しの底に埋もれていた。

 
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<本の事項>
越後山襞の語りと方言
著者名 高橋 実/著
出版社 雑草出版
出版地 長岡
出版年 2007年
定 価 2200円+税
ISBN 4-903854-00-7

越後山襞の語りと方言
 

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