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広がる「昔話の語り」運動【広がる「昔話の語り」運動活動】

広がる「昔話の語り」運動【広がる「昔話の語り」運動活動】mukasi

広がる「昔話の語り」運動(『越後山襞の語りと方言』より)

高橋 実 

 
広がる「昔話の語り」運動

 かつて雪深い山奥の村に長い間、昔話は語り継がれてきた。それが五十年ほど前から洪水のように押し寄せる中央の情報の波の中たちまちその姿を消していった。
 その昔話の語りが今、形を変えて静かに復活しようとしている。
 平成十五年、山形県で開かれた国民文化祭の一環として南陽市で「語りフェスティバル」が開かれ、全国から多くの語り手が集まった。私もここに参加して、語りにかける参加者の情熱の高まりを肌で感じてきた。
 山形県南陽市には、語りの館「夕鶴の里」があり、ここには、舞台中央に囲炉裏がしつらえてあり、見学にやってきた観光客にボランティアの人達が交代で山形の民話を聞かせてくれる。
 ここ二、三年に県内でも各地で語りのグループができてきた。佐渡民話の会は古い伝統を持つが、柏崎、栃尾、見附、守門、村上、糸魚川、安塚といった地区で民話の語りグループがある。このたび、長岡でも長岡民話の会が結成された。日曜日のBSNテレビのアニメの昔話やNHKの「民話ざくざく」も県内の語り手が登場して好評だという。
 六百種とも一千種ともあるといわれる昔話は、いったい現代にどんなメッセージを送ってくれるのであろう。大方の人には、「花咲爺」と呼ばれる欲深い爺さんが欲を出して失敗するという教訓話を思い出すかも知れないが、それは昔話のごく一部でしかない。「三年寝太郎」「俵薬師」のように怠け者やうそつきが幸運をつかむといった話もある。まさか怠け者や殺人を助長する話でもあるまい。ここに民話研究家小沢俊夫氏は、人間が育つということの意味が隠されていると述べる。人間が育つためには、いつも正直や勤勉、優しさでなく怠惰やむき出しの欲望の醜さ、残酷さも併せ持つ。昔話はそうした人が育ってゆく姿を、すべて包み込んで、見せてくれるのだとのべる。
 今なぜ民話の語りなのか、小沢俊夫氏は、語りの意義を場の共通と想像力を育てるという二点に強調する。そこに語る人間が目の前にいて、その人の口から言葉が発せられ、聞く人の耳に届く。語り手と聞き手が共に同じ場で、話し聞く、話し手の表情や息遣いまでも聞き手にダイレクトに伝わり、聞き手の反応も語り手まで伝わってくる。これは人間のコミュニケーションの原点である。映像がどんなに進歩しても、到底真似できない。読み聞かせのように本を媒介とすることもない。
 かつての昔話は、聞き手に相槌を要求し、聞き手が退屈していると、話をはしょってしまう。昔話は語り手が一方的に話すのではなく、聞き手と一緒になって作ってゆく世界だった。
 想像力を育てる点でも、昔話は、語り手の言葉を聞き手が脳裏にイメージとして受け止めることにある。昔話をシャワーのように聞いて、豊かな想像力を育てられた子どもは、人の傷みや悲しみをわかる子に成長してゆくだろう。
 陰惨な事件が報じられる今、語りのブームもそんな意味でおこる新しい波といえる。

 
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<本の事項>
越後山襞の語りと方言
著者名 高橋 実/著
出版社 雑草出版
出版地 長岡
出版年 2007年
定 価 2200円+税
ISBN 4-903854-00-7

越後山襞の語りと方言
 

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