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昔話にあらわれた猫【越後の昔話逍遥】

昔話にあらわれた猫【昔話の世界をのぞく】mukasi

昔話にあらわれた猫(『越後山襞の語りと方言』より)

高橋 実 

 
昔話にあらわれた猫

 猫は昔から人々の身近にいて、生活と深く関わって来たので、昔話の中でもたびたび登場する。その登場の仕方もいろいろである。犬と並んで人間には馴染みの深い動物であるが、犬とは反対に復讐や妖怪に関わるおどろおどろしいイメージで語られることが多い。猫の昔話を大きく分類すると次の四類に分けられる。
 その一つが家で可愛がられていた猫が飼い主の危機を救う「猫檀家」という話である。檀家の少ない小さな寺に飼われていた猫が和尚の窮状を聞いて、葬式に大風を吹かせ、棺を空に巻き上げるが、勇気ある和尚の行動で無事引導を渡すことが出来た。和尚の勇気が評判となり、以後寺の檀家が増え、暮らしが楽になった話。実は棺を空に巻き上げたのは、その家の猫が、和尚の評判を上げるためにやったことだったという〔佐久間1974年〕。『北越雪譜』にある、雲洞庵の北高和尚の勇気もこの分類に入れることが出来る。雲洞庵十世北高和尚が、吹雪の日に葬式を上げていたら、突然空に黒雲が広がり、その中から尾が二つに割れた怪猫が現われ、棺を奪おうとするが、勇気ある北高和尚がその怪猫を退治して無事葬式を終えたという、和尚の勇気が評判になった話である。この話の系統からいえば、猫の霊力で檀家が増えるというべき筋になるはずなのに、和尚の活躍が強調されていて、民話のモチーフから離れてしまっている。佐渡おけさの由来も小木にすむ老人が、借金が増えて、家屋敷を手放す事になった話を猫にしたところ、猫が行方をくらます。その家におけいと名乗る娘がやってきて、遊女屋へ売って金を作ってくれという。その遊女は高い金で売られて、老人を助ける。おけいは、出雲崎の遊女屋で評判になったが、朝、あんどんの油を舐めているのを見つかり、猫とわかった。それを見ていた商人が人に話すと商人を攫って空に舞い上がったという話である〔小山1996年〕。
 二番目が怪猫となって人に危害を加える話である。しばしば、この話は人を食う山姥弥三郎婆さんの話と結びついている。弥彦の猫多羅天女の由来もこれと似ている。ある夕方佐渡の砂浜で一人の老婆が涼んでいた。すると一匹の老猫が来て砂の上で浮かれて遊び始め、老婆も体が軽くなり、全身に毛が生え、猫となって空を飛び、弥彦に飛び移った。数日霊威を振ったので、里人は霊を鎮めるために「猫多羅天女」と称して崇めた。弥彦神社の宝光院の中にあるが、「妙多羅天女」となっている。弥彦の鍛匠黒津弥三郎が工匠と争い、退けられたため、その老母が悪鬼となって死体を盗む悪行を犯した。保元元年(1156)宝光院座主「典海阿闇梨」に遭い「妙多羅天女」の名を授けられ、悪心を翻したという老女が猫になったり、鬼になったりする〔平岩1992年、『北国巡杖記』〕。
 その昔、浦佐の按摩杢市が珍念に呼ばれて肩をもみ始めたが、人間の骨格でないのに驚き、逃げだそうとすると、珍念は「おれは裏山の化け猫だ。このこと人に話すと食い殺す」と杢市を脅した。しかし、杢市は村人に災難がかかってはと家人に知らせ、そのまま息絶えた。村人達は総出で裏山を山狩りしたが、見つからず、仕方なく毘沙門堂に帰って堂内で押し合い、気勢を上げた。これに驚いたか、梁に潜んでいた化け猫は勢いに呑まれて落ち、村人に踏みつけられて死んでしまった。この日が一月三日で、以後、浦佐ではこの日の夜に若者達が裸になって押し合い、これが現在の裸押し合い祭りになったと言われる。猫面の原型は江戸時代左甚五郎作と伝えられているものという。以前三月三日の押し合い祭りで「魔よけの面」として売られていた(「大和町浦佐の猫面」パンフレット)。
 三番目が夜中に猫たちが集まって踊る、猫踊りを見るが、このことは他の人に話すなと口止めされる話となっている。わが町に次のような話が伝わる。
 小千谷の縮商人が峠を越えて小国に来る途中、七社権現(楢沢集落と小千谷市吉谷との郡境に祀る神)付近を通りかかると賑やかな声がする。見ると猫が大勢集まって踊っていた。小国町法坂の上ノ山の猫が音頭取りだったが遅れてきた。理由を聞くと家で熱いお粥を食べて舌を焼いたという。新しい手拭いをしていた。それを聞いた商人は法坂の上ノ山でこの語をするとたしかに新しい手拭いが汚れていて、猫がねそべっていた。それから上ノ山の猫はいつの間にか姿を消してしまった(小国町法坂山崎正治談)。
 この話に結論は別にないが、昼間の家猫が夜は猫社会と交わり、猫たちは人間世界とは別の世界を形成し、決して人間が入れない世界として描かれている。
 四番目は、猫の絵がネズミや怪物を退治する「猫絵」の話である。次のような話が伝わっている。
 ある寺の小僧が十六、七才になっても猫の絵ばかり描いている。和尚が怒って三年修行して成功したら帰ってこいとりんと鉄鉢を持たせて追い出した。途中に大きな荒れ寺があって泊まる人がおらず、聞いてみたら化け物寺で泊まった人が化け物に食われたという。それでもと言って泊まって猫の絵を描いて「こんやは働いてくれ」と頼んだ。そこへ大きな音がして化けものが顔を出した。あちこちに猫の絵をはると、どたん、ばたんと大騒ぎになった。小僧は猫絵を励まして、化け物を退治した。朝になって村の衆が来ると化け物は大鼠だった。小僧はこの寺の住職になったが、猫絵を張ると鼠が騒がないと評判が立って大層栄えた〔佐久間1974年「猫寺」〕。
 これと同じような話が、小千谷の昔話にも出てくる。地蔵様のそばに大きな穴が開いていて、その穴に勇気ある男が綱に伝って下りていって見たら、地下に街があったが、人がいない。漸く、人の女にあうが、他の人は山猫に喰われてしまったという。勇気ある男は女から筆と紙を借りて猫の絵を描く。それが夜中に出てきた山猫と闘い、たちまち山猫を退治してしまうという話である。
 その他昔話には猫が話の中心ではないが、脇役として登場して来る話も多い。犬と猫が共同して助けて貰った人への恩返しをするという話である。
 あにが、指輪を擦ると好きな物がでてくるという。その指輪の霊力でお姫様を嫁にするが、寝ている間に嫁が指輪を盗んで、あにを牢屋に閉じこめてしまう。その指輪を取り返し、あにを牢から救い出す時に、指輪で助けて貰った犬と猫が活躍する話である。これなどは、人間の助力者として猫も犬も活躍する。また十二支の中になぜ猫が入らなかったのか、その理由説明に猫が登場する。猫はネズミに騙されて集まる日を間違えて十二支のなかに入れて貰えなかった。それで今でも、猫はネズミを見ると追いかけるという。またお釈迦様が重い病気を患い、天から薬が授けられるが、それを取りに行ったネズミを猫が食べてしまったため十二支からはずされたとする。
 栃尾市森上の南部神社には、狛犬のように立つ珍しい猫の石仏が建っていて、猫又権現とよばれている、大正年間蚕をかじるネズミ除けとして建てられたという。
 昔話ではないが、猫に関わる様々な俗信があるので、上げてみよう。
 ・猫が顔を洗って耳を越すと晴れる。顔を擦ると雨になる
 ・猫が騒ぐと雨になる
 ・猫が尻をなめると雨になる
 ・寅年生まれの人がいる家には猫は育たない
 ・死人に猫を近づけてはならない
 ・死者の足下に魔除けとして刃物(カミソリ・刀・鎌)を置く。魔除けをネコヨケと呼ぶところもある。
 ・猫が死人を飛び越えると死人が踊り出す(死人に猫の霊が入る)
 ・猫は家につく
 ・猫を殺すと崇りがある
 ・カラス猫を飼うと病人が絶えない
 ・ネコツキ村に女のネコツキがいた。行灯の油をなめたり、木に登ったり、夜になると目が光り、ふとんに猫の毛がくっついたりした。神主にお祓いして貰ってネコオトシをした〔『新潟県史』資料編〕
 ・猫戻しのまじない 猫が帰らない時、猫のえさ椀を裏返しにして、
   たちわかれいなばの山の峰におふるまつとし聞かばいま帰り来む
  の歌を唱えると戻ってくる。
 このように猫は、人間と霊界を結んで、人に危害を加えたり、逆に幸運をもたらしたりする動物として登場する。
 この原稿を書いているそばで、我が家の二匹の猫は私のいすの周りに長々と寝そべって、主人が机から離れて餌をくれるのを待っている。なかなか原稿の世界と現実とは結びつかない。

  <参考文献>
   佐久間惇一編『北蒲原昔話集』(岩崎美術社、1974年)
   『新潟県史』資料編22、1982年
   平岩米吉『猫の歴史と奇話』(築地書館、1992年)
   小山直嗣『新潟県伝説集成 佐渡編』(恒文社、1996年)

 
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<本の事項>
越後山襞の語りと方言
著者名 高橋 実/著
出版社 雑草出版
出版地 長岡
出版年 2007年
定 価 2200円+税
ISBN 4-903854-00-7

越後山襞の語りと方言
 

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