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スイスから来た紙漉女 | へんなか

スイスから来た紙漉女hennaka

へんなか 随筆 「スイスから来た紙漉女」

スイスから来た紙漉女             長谷川 智弥子

 その日、私は銀行へ行こうと、青田風に髪を逆立ててジープで急いでいた。町役場の少し手前で職員のAさんの車とすれ違い、大げさなジェスチュアで車を止められた。汗を拭きながら国・県の重要無形文化財に指定されている「小国和紙」の勉強に来るスイスの人を二ケ月間ホームステイさせてほしいという。エッ−!言葉は?食事は?と主婦の心配はきりもないのに、帰ってから相談した主人は「英会話の練習になるんじゃないか?お前さえよければ……。」と少しもあわてない。来る日が二週間くらい後に迫っているのにまだ受け入れてくれるところが決まっていないと困った様子のAさんに押し切られたかたちでとうとう引き受けてしまった。
 彫刻家の夫と二人の子供を置いて、たった一人でスイスからやって来た、その人の名前はビビアン・フォンテーヌ。二年前にサンフランシスコで和紙と出合い、きめ細かく、丈夫で透けるような薄さの和紙に惹かれて、ぜひ作り方を覚えたいと日本へ来たという。
 きっと雲を突くような大女?という大方の予想を裏切って、小柄でスリムで可愛い人だった。ビビアンが着いた日の夕食は、張り切ってフランス料理やワインを用意した。ところが、鴨の肉にもローストビーフにも手をつけず始めての箸を上手にあやつって夕顔のキンピラを美味しそうに食べた。なんと彼女はベジタリアンだったのだ。ウーン!冷蔵庫に買いこんだハムや肉のかたまりはどうしてくれる……?と慣れない英語を口ごもっていると、彼女は枝豆を皮ごと口にほおり込もうとしている。思わず主人や娘とOH!NO!と合唱してしまった。
 フランス語でビビアンは「魔女」、フォンテーヌは「泉」、我家では「いずみまこ」という日本名もつき、お気に入りの絣のもんぺなどをはいて、紙漉き村へバスで通い始めた。帰りは送ってもらって来るのだが、毎日夕方になると顔を見るまで落ち着かなかった。

  和紙人形抱きて花野を帰り来る 智弥子

 山で楮を切るところから教えられ、またたく間に上達した。紙を漉くということは、一言で言えば、音感と触感できまると言われている。よほど感覚の鋭い人なのだろう。折れそうな細い腕で始めて彼女が小国で漉いた紙を一枚もらった。秋空が透くほど美しいその紙はそのまま秋の雲と溶けあってしまいそうだった。

  棒げ持つ和紙の溶けゆく秋の空 智弥子

 一緒に暮らしてみてやはりビビアンは芸術家!という感を強くした。いわゆる掃除、洗濯といった家庭的なことはあまり得意でない様子だったが、彼女の展覧会の作品のスライドを見て感激した。しろうと目にも「何か」を訴えかけてくるようなかたち、そして色彩が素晴らしい。作品に対しての説明を求めると「どこが始まりでどこが終りといった意識がなく茫洋としてとりとめもない空間、そして時間が凍てついてしまったようなスタティックな小宇宙……。具象とか抽象とかいう形式ともかかわりなく、私自身の歴史や心象風景を表現したもの……。」と辞書を片手にむつかしいことを言った。
 この言葉を思い出しながら、お礼にと彼女が残していった楮の繊維を染めて漉き上げた小国和紙の作品を見つめていると、太陽とおぼしき円い空間や蒼い波の色の部分が急に生き生きと語りかけてくるような気がする。

  漉槽の中の波音昼寝醒め  智弥子

 梅干とトマトを間違えておにぎりに入れようとしたり、私の英語の発音が悪いためにbathとbusを間違えて大さわぎをしたり……数々のエピソードを残し、私の眠っていた向学心(?)をくすぐって十月の終りにビビアンはスイスへ帰って行った。
  踊りつつスイスへ帰る靴鳴らす 智弥子 一緒に行った東京のディスコで踊りつづけたビビアンの姿も忘れられない。あのかぼそい腕から「小国和紙」が世界に広まるのだと思うと、胸が熱くなった。
 スイスではどんな生活をしているのだろうか?
 和紙をちぎったような牡丹雪に濡れて彼女からのエア・メールが届いた。「小国和紙」を自分のアトリエで作り、ペーパークラフトに使ってみたい。そして作り方をしっかりマスターしてスイスの人達に教えてやりたいという。帰国してからも日本語の勉強をつづけているし、二年後にまたきっと日本に来ると書いてあった。時々小国の夢も見るらしい。
 彼女がいるときに拾った猫の"ビビアン"が少しふっくらと丸くなってきた。

  絨緞に座せばすぐ来る白い猫  智弥子

(はせがわちやこ・俳人、一九四三年生れ、町内鷺野島在住)
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