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小国芸術村からの私信 | へんなか

小国芸術村からの私信hennaka

へんなか 小国芸術村からの私信

小国芸術村からの私信                若林 一郎

 早いもので、去年の五月「小国芸術村フェスティバル」が催されてから、もう一年がたとうとしています。
 これは、小国芸術村というグループが、何をやろうとしているかを、町の人たちに知っていただくための催しでした。
 人形劇や紙芝居による“民話のキャラバン・とんとんむかしはなむかし”のオープニング公演をはじめ、切り絵や人形劇などの講習会、和紙による造形展など、さまざまなイベントがあったのですが、ぼくにとっていちばん忘れ難かったのは、竹下玲子さんによる"瞽女唄を聴く会"が開かれたことでした。
 そもそもぼくが山野田という過疎の集落とかかわりをもとうと思い立ったのは、そこで「瞽女宿をやりたかった」からで、はしなくも本望をとげることができました。
 その後、七月には、ぼくたちの作ったミュージカル"風の歌コタンの歌"の小国町公演が行なわれました。なによりもありがたがったのは、"芸術村友の会"をはじめとする町の方々の暖かなお力添えでした。満員の観客の反応もすばらしく"セリフをまるで吸いとるように受けとめてくださるお客さま"に、ほんとうに久しぶりにめぐりあったような気がしました。
 十一月の町の文化祭には芸術村も参加して、西山三郎さんの切り絵や、小宮逑志さん夫妻の人形などが展示されました。
 そして、年をこえて一月には、日本民話の会の小国町採訪が行なわれました。ぼくや西山さんが会員になっている縁で、おととし小国町で"夏の民話学校"が開かれましたが、その後継続的にこの町で民話の採訪をやろうということになったのです。
 地元も全面的に協力してくださり、「小国芸術村現地友の会」のみなさんによる"小国のとんと昔の会"も、盛況だったそうです。民話の会の人たちも、民話の語りおこしの熱意に感心をしたと、報告をしてくれました。
 こうして、地元のみなさんに"村の文化"をみつめ直そうという気運が高まったのもうれしいことで、それが、この雑誌"へんなか"創刊につながっているのだと思います。
 いよいよこの五月には、町当局のご尽力で、山野田に民家を改装した"工芸館"や宿泊施設などが落成、オープンする運びとなりました。この運営は、町当局と、ぼくたち芸術村のメンバーと、地元の方々の代表による運営委員会が当ることになっています。いずれ、オープニングのイベントも、その内容が発表されることになるでしょう。
 ところでぼくは、この四月十六・十七日、小国町太郎丸の新浮海神社のお祭りで、村芝居復興のお手伝いができることになって、今からわくわくしています。
 ことのおこりは、去年このお祭りに民俗芸能の"巫子爺"をみにいったのがきっかけでした。"巫子爺"の土俗的なエネルギーに手を拍ってよろこんでいると、たまたま同行した竹下さんも瞽女唄で飛び入りすることになりました。そのあと、長老の方々と盃を交しているうちに、昔の村芝居の話がはずみました。その楽しさに、つい芝居屋の血が騒いで「小国義民伝」という台本を書いてごらんにいれたところ、太郎丸の方々が上演してくださる運びとなったのです。
 この芝居は、小国町武石にいまも首塚が残っている義民・難波小右衛門の伝承をもとにしたものです。上演の出来・不出来はともかくも、稽古の過程を太郎丸の方々と大いに楽しむことができたらと考えています。竹下さんにも、下座をつきあってもらい、ぼくは黒衣を着て拍子木を叩くつもりです。
 また、五月七日には、竹下玲子さんの新潟での初めてのリサイタルを、新潟市の音楽文化会館で開くことになりました。タイトルは"甦れ瞽女唄"。ぼくは企画・構成と、民話による新作物語唄"木魂婿"の台本を担当します。この新作の作曲は、日本の三味線音楽の代表的な作曲家の平井澄子先生にお願いしました。
 竹下さんが、盲老人ホームに通って瞽女唄の修業を始めてから、ことしで十年になります。そこで、師匠の無形文化財の瞽女・小林ハルさんの米寿を祝って、この催しを企画したのです。小林さんや、高田瞽女の杉本シズさんも特別出演してくださいます。
 いくら、瞽女唄は郷土の芸能と声を大にしても、聴いてくださる方がいなければ、滅びていくよりないのです。千数百年の伝統をもつこの女性の語りものが、あのトキのようにぼくたちの時代に消えてしまうのを、見るにしのびません。瞽女唄の魅力が現代に甦えることができるよう、ぼくも微力を尽すつもりです。

(わかばやしいちろう・劇作家・小国芸術村会員)
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