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パネラーとの質疑応答 | へんなか

質疑応答hennaka

へんなか パネラーとの「質疑応答」

質疑応答


質問一 河床沈下

 私は越路町塚野山の生れでございます。私が今から考えてみますと、私が記憶してから約六十年の歳月が過ぎておりますが、現在塚野山に、小国・松代線というものが三百メートル程ございます。それに鉄筋コンクリートの橋を架けたのでございますが、それが民選村長の内山清治さんという方で、洪水になった時小国と塚野山が全部流れても、この橋だけは流れないということで、造られたものだと申します。  この橋を現在の川敷から見ますと、十数メートルの高さになっています。私が子供の頃は、河川敷というものは、砂利があれば、そんなにこけないけれども、岩盤が出ると非常にこけて来る、という統計を取っていた人がございました。
 その方はもう亡くなりましたので、詳しく聞くわけに参りませんが、先程の発表の中に河原へ干瓢を干したという話がございましたが、私も同じ記憶を持っております。
 今では塚野山の地域の約一〜二キロの間は、ほとんど河原というものが見えません。全部岩盤でございます。この状態でもう百年もたつと、渋海川は全くの谷川になるんじゃなかろうかと素人考えをしています。
 昭和八年の八月三十一日に、大洪水になりまして、現在かかっている橋の下に旧県道というのがございますが、その県道を越えて水が溢れたことがあります。
 それで十年くらいの間に河川敷がどのくらい下っていくのでありましょうか。私の六十年間の記憶では、約二メートル五〇センチくらい下ったのではないかと思います。そういうことについてご存じの方がございましたら教えていただきたいと思います。
北原 その通りだと思います。私が子供の頃にも渋海川には、浅瀬も河原もございましたし、今のように川底が下っておりませんでした。
 このように川底が下る原因は何か?と言われると、こうだというはっきりしたお答えは出来ませんが、先程私の発表の中で渋海川は信濃川水系の第一支線になります。一番目の枝になりますが、信濃川の川底が下ることによって、それにつれて渋海川も川底が下るのではなかろうかと思います。
 昭和の初期の頃よりも、今では、所々で床止め工事が施されておりますので、これからはそんなに川床は下らないだろうと考えております。だからといって床止工事がこれで完全だと言うわけではありません。もっと完全なものにしたいのですが、問題は予算がつきませんので、思うように参りません。
 しかし、今までのように川床が下ることはないのではないかと考えております。

質問二 淡水域と堀抜井戸

 堀川先生にお願いします。私が聞き洩らしたのだと思いますが、先程のお話の中の『淡水域』についてもう一度お話願いたいと思います。
 また問題が少しズレるかも知れませんが、小国郷と鯖石郷を比べますと、掘抜き井戸を掘った場合、小国の方は水が湧き上って来ないのですが、これは向斜、背斜の地層の関係でしょうか、お教えていただきたいと思います。
堀川 掘抜き井戸は、どこでは、出て来ないというのですか。
質問 小国が出ないのです。
堀川 小国が出なくて、鯖石が出るわけですね。
質問 はい、そうです。
司会 はいでは、淡水域と掘り抜き井戸のことだそうですので………
堀川 淡水域については、分かり易く言えば、ずーっと入江が入っていたわけですけれども、簡単に言うと、今の新潟市の砂丘のあたりが締め切られたために、淡水域になったというのが一つの考え方です。これが一番分かりやすいと思います。
 ずーっと入江だったけれども、日本海に沿って流れる沿岸流で砂嘴が出きて、弥彦から新潟市のあたりで、入江の口を締め切ってしまったわけです。そうしますと、海水が入って来なくて川水ばかりになります。そうすると次第に淡水化していくわけです。
 もう一つ基本的には、その時期からどんどん隆起に移り始めたのが原因だろうと思われます。
 それから堀抜井戸ですけれども、何とも言われませんが、小国でもかなり出るだろうと思っているのですが………。どのくらい井戸が出ないのか、聞いていないので、分かりませんが、本来小国は向斜軸の中心にあるわけですから、へこみの真中にあるので水がどんどん入っていくのですから、出るはずなんです。掘る場所にもよると思います。泥岩の所はわりかし駄目なんで、砂岩が水を含み易いので、その砂岩の所を掘るといいと思います。砂岩の下の所が泥岩など固いところがあるような場所ですと、下に水が溜り、砂が水を含みますから、そういう所を掘れば、水が出るはずです。
 しかし、これは理屈はそうだというわけで実際には、どうかというと、こればかりは現場を見てみないと何とも申されません。

質問三 爪石

 堀川先生にお願いします。
 渋海川の奇石と言われます爪石ですが、この石は上流の方では形が小さく、越路町の方から出るのが、大きく模様も鮮明なのでありますが、それは大体どの辺から原石が出るのかお分かりでしたらお教え願います。
堀川 水島先生と申しまして、以前小国の小学校にお勤めの先生がいらっしゃいましたが、その先生がよく調べて分かってきたのです。
 かっては、爪石は小国の特産とされていたのでありますが、今ではかなりあちこちへ出て来ています。基本的には爪石というのは火山岩です。水島さんの研究によりますと、爪石を割ると、貝殻状断口という筋が入っていて、それが爪石の原因だろうと考えています。川を転がるうちに、あちこちにひびが入って、そのひびがこの貝殻状断口を作ってその割れ目が爪形になるんだろうと言われています。
 上流の方が小さくて、下流の方が大きいというのは、よく分かりませんが、だんだん流れて行くと、割れ口が大きくなり、爪の跡が大きくなるというふうに考えてもいいだろうと思います。
 普通爪石は真黒いのですが、ほかにもっと固い石で緻密な岩質の物はああいう爪形がやっぱり出来ています。赤茶けたような固い石もああいう爪形がついています。要するに緻密な岩質の石は転がっていくうちにああいう貝殻状断口ができて、それがやがて浸蝕されて、爪形ができるというふうに考えられます。
 で、原石はどこにあるかということですが、実は分かったんです。まず、小国にある爪石は、周りの山にある礫岩の層から流れ出したということがはっきりしています。水島さんが調べたところでは、中部累層以上の礫層から出て来ることがはっきりしています。
 ただ、礫層ということになりますと、その先があります。爪石は火成岩ですから、元々は、火山です。礫の層の一つ前はどこか?というと、それも最近やっと分かりました。
それは団研(地学団体研究グループ)調査で色々調べた結果、津南町でした。津南町のスキー場・及びその奥の方でした。
 あちらに行くと、爪形のついていない爪石があるのです。
ガラス質安山岩というのがありまして、それが今から百年前に、転がってきて小国のあたりに溜まったと見られます。
 それが隆起してまた流れ出し、渋海川に入りこんだというわけです。そして流れ転がるうちに爪形ができたと考えられます。ですから、信濃川にも爪石の原石もありますし、爪跡のついた石もあります。

質問四 漁業組合

 次に、漁業組合の設置ということでお尋ねしたいのですが、上流の二方の先生の方では漁業組合ができておりますか?それから越路町ではどうでしょうか。上流の方から順に教えて欲しいと思います。
関谷 松之山方面では漁業組合というようなものは出来ておりません。ただ、鯖石川の上流の田代部落で幕末まで鮎の漁場を持っていたといわれています。
金子 よくわからないのですが、漁業組合のような組織は川西町にはないようであります。
深井 越路町でもそういう組合はありません。只信濃川との関係で魚野川の漁業組合が、渋海川の出口あたりまで管理しているようであります。

質問五 魚道

 ありがとうございました。先程金子先生のお話では、昔は鮭がとれたというお話でございましたが、現在の渋海川は、床止工事が出来ておりますけれども、魚道というものがございませんので、鮭が上らないと思います。これからは、渋海川にも鮭が上って来るというような段取りが必要だと思うのですが、これについて北原課長さんのお考えをお聞きしたいと思います。
北原 大変勉強不足ですみませんが、今渋海川に数ケ所の床止がされております。ここに魚道を作るということは、将来的に見て重要とは思いますが、行政的に今のところ考えられておらないというのが現状です。
質問 小国町でも漁業組合が設置していないのでありますが、これがもし、他町村から権利を獲得された場合は、大変残念なことになるのではないかと思います。そういうことも今後の課題として研究していただきたいと思います。


  後記
 シンポジウム実行委員長、並にパネラーという大役を引き受けていながら、胃の切除手術ということで当日欠席し、皆様に大変ご迷惑をかけてしまいました。
 その罪滅しに当日の発表の様子を原稿に起こすことを引き受けてはみましたが、何しろ当日参会していないので、テープを聞きながらの原稿書きは難航を極めました。
 ともすると、中に勘違いが無いとは断言できかねますので、もしその際には御容赦願いたいと思います。 (山崎正治)


 

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