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雪の中の遊び | へんなか

雪の中の遊びhennaka

へんなか 随筆 「雪の中の遊び」

雪の中の遊び                     木我 ケサ

 おにごと
「ネーラ、鬼ごとしねえかー」「おーう」「かたるんはみんな来い」、と大勢を呼び集める。村の中の平らな場所でカングレ(和紙の湿紙の束をうめておくところ)のない所を選び、場作りとなる。年かさの者が横一列になり、ギシギシと踏みながら進み、後からは残りの者がもっと丁寧に踏んで、15m四方に作る。ここに直径40p程の落し穴を六、七箇所作って、さて始まり。大勢の場合は鬼を二人にする。鬼の目印の目隠しは前掛けをかぶる。前掛けは着物の共巾(ともぎれ)で赤い裏ともども新モスとかナットルとかいう物であった。当時私達は綿入れの着物で、着丈を短かく膝まで空っ脛丸出しで遊んでいたのでヒビだらけの足は風呂に入る時のしみること。ここで履く物が速く走れるかどうかで違ってくる。今までの長靴ではどうにも重くてドタドタすぐ雪にうまる。よって夏頃に使った短靴が重宝される。素足にそのままはくから走ってる最中に脱げて向こうまで飛んでったり、鬼が穴の中に落ちたり、その度にワァワァはやし立てる。そして攻守処を替えて繰返している内に息ははあはあ湯気はポウポウ。ワイワイキャーキャー、その賑やかな事。たまにおてんと様の照る日はうれしくてはしゃぎ過ぎるのだ。家の衆は雪掘りをしているていうのにおらは遊んでばっかり居た。いつ頃から始まったもんやら年下の一・二年生の者が鬼の場合は單(ひとえ)の前掛にして外がすけて見えるようにはからう思いやりがあった。花模様の着物は稀で大体黒地のニコニコ絣が多かったと思う。追っかける度にその花模様の前掛けが白い中からあちこち動いていたありさまが目に浮かぶ。いつも体に重かったワラボシが脱げた喜びと、学校の運動場以外では走れ廻れなかったウサがこの際発散するのである。この遊びは男と女は別々にやった。男の子が混じると双方でケンカとなるからだ。終った頃はあの落し穴の他に転んだ跡や足を突っ込んで出来たものやらで大穴、小穴、凸凹となる。かくて真っ赤な笑顔と乱れたおさげの髪と、びしょ濡れの綿入れと、ヒビだらけの足と興奮を残して「明日またやろうって」のあいさつで家に帰ってゆく。

 ずいろう
 この語源は解らない。が、山野田の方言かも知れない。斜面を利用してスキーの代わりを楽しむもので主に女の子の遊びだ。ジャンプ台のミニを作る。そこを滑り降りるだけのあっと言う間の直滑降が魅力なのだ。冬の遊びの代表である。全長15m位かな、三分の一は止る処になる、脇に階段を設け、ジャンプ台と同じ構造なのを後になって驚いた。さて、この表面作りが大切なのだ。固くする事はいうまでもないが、滑りをよくする条件にゴム靴の裏のすりへったのが最適だ。これで何回となく繰返しているうちにピカピカに凍結してくる。この状態をケンカが立つという。殴り合いのケンカでない。こうして出来上ったら順番に段々を昇り、トップの栄誉に浴したものは「イチバーン乗り」なのだ。滑降する事を乗るという。ここでもし新品の長靴などの人が居たらお気の毒ながらご遠慮願うことになる。折角のケンカが削られるから外されるハメになる。貧乏人がデカイ顔だ。乗る回が重なるにつれ、滑りがよくなり、滑る長さが延びるので、上に立って少々気おくれする者が出てくる。周りで助言あり。「あのな小僧を先にやれ」雪の玉を先に転がしてまじないである。「小僧小僧先に行っておが代りになってくれ。生きたら方便死んだらままよ!」で一気に降りる。大成功。ところが呪文が効かずに、途中で尻餅ついたり、乗り過ぎて先の藪の中へ飛び込んだり、その度に喚声が上がる。「いいかいぐぞ」「よーしきた」「退いてくれや」その賑やかなこと。ありったけの声でのやりとりは、今振り返って子供の時はエネルギーが溢れていたもんだとつくづく思う。そしてお決まりの手足のヒビは、入浴時の一瞬の辛さを毎日味わわされる事となる。「おら痛えすけ湯へへえらん」「天保銭が(ばかものめ)」で叱られの巻。
 降りこめられた暗い毎日より、たまの晴間の雪の匂いと、まぶしい(カガっぽい)雪原と青い空、白い中での遊びは、体を精一杯動かして、日頃の運動不足を解消するいわば生活の智恵なのだろう。おもしろかったなあ、山野田での子供の頃は。

(きがけさ・町内山野田出身、東京都在住、大正11年生れ)

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