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雪遊びの思い出 | へんなか

雪遊びの思い出hennaka

へんなか 随筆 「雪遊びの思い出」

雪遊びの思い出                    高橋 朝生

 幼い頃の思い出は、夕焼け空の味わいがする。
 淡く、美しく、いとおしく思いかえされる。
 雪深いこの地に生まれ育った私は、苦楽ともに雪に刻む思い出が強烈に残っている。雪と言う自然事象に、実に素直に、戯れ遊んだ子供の頃がなつかしい。大人になった今では、雪はいやなものと言うイメージが強いが、子供の頃は雪もまた楽しい遊びの道具であった様に思える。雪が降ると、畑でも田んぼでも、よその家との境がなくなり、どこもかしこも遊びの原に変身する。
 初雪は、犬が嬉しくて尾をふっているような姿で、雪をまるめて雪だるまであそび、すっぽりと綿雪の降った後は、真白なキャンパスに絵をかく如くに、勇んで雪をふみ、鬼のばんばや、こばん取りをした。粉雪の舞うような時にはソリやスキーのりを楽しんだ。屋根からおろす雪が、屋根より高くなると、兄弟で力を合わせて、雪の塔を作ったり、こもり穴を作ったりして遊んだ。暖かな晴れた日には、一日中ままごとをして遊んでいた。今思うと、自然の摂理を感覚でとらえ、なんと自然にマッチした遊びを展開していたものだなあと思う。
 そんな雪遊びの中でも鮮明に思い出すのは、雪の上のままごと遊びである。私はたぶん、四季を通してままごと遊びの大好きな子供だったようだ。庭にむしろを敷き、葉っぱのお皿を並べて、草花のごちそうをまぶしている、思い出の中の自分に良く出会う。冬でもままごとにあけくれしていたのだろう。遊んでいた場所や風景まで鮮やかに思い出される。雪の上でのままごとは、家を作る場所が好き放題提供され、変化もつけて楽しめた。雪を深く掘って家を作ったり、いくつも部屋も作ったり、階段を作り、二階部屋まで設定する事も出来た。それは楽しく創造的な遊びだった。そして、たいてい二人から六人位の仲間で二組にわかれて、競い合って家作りをする。戸棚やテーブルやイスを作り、階段や寝るところや時には便所まで作って遊んだ。おわんやビンのふたに雪を入れて、小さなこすきでポンポンとたたいて、型ぬきをしては並べてごちそうにした。夕方の冷たい風が身にしみこむ頃まで、それはたのしくごっこ遊びを繰り広げる。軒下にビンや缶を並べて、雪どけ水を集めて使ったり、かやぶき屋根のかやに着いたこけをむしっては雪に混ぜたり、米粒に似せて杉の花をまぜたりして、子供の頃はじじばばと言っていた、はんの木の花や、かきつばたの実等、草花の乏しい冬でも子供なりに知恵で豊かに楽しんでいた。ついつい遊びが発展しすぎて、学校で使うえのぐをもち出して親に怒られた事もあった。また、ある時には、つららをままごとの材料にしようと軒下のヒマラヤ山脈の様な雪の山に登って、背伸びしてつららを取ったとたんに、雨だれで地面まですっぽりとあいた穴に落ちてしまい、長ぐつが足からはずれるという悲惨な思いをした事もあった。
 立春を過ぎる頃には日中の暖かさで雪の表面が解け、夜冷えると雪の表面がしみて、しみわたりが出来る様になる。氷の結晶がキラキラ輝く雪の原をかけまわる楽しさは格別である。
 そして春が近くなれば、雪を消す遊びに精力を注いだ。雪をつつくと、目に見えて消えてゆく様子に、いろいろな掘り返しを工夫して遊んだ。学校の校庭も早く雪を消す為に並んで子供たちの手で掘り返す作業をした。雪の下には間違いなく春が待ちかまえており、雪消えした所から春が進んでくる。厳しい冬なればこそ春の営みが美しく、喜びもひとしおである。
 自然に素直に天真爛漫な遊び心で付き合えば、雪もまた自然の恵となる。豊か過ぎるおもちゃに包まれ、貧弱な遊びしか出来なくなった現代っ子たちに、自然と向き合って遊ぶ機会を多くもたせてやりたいものと思う。

(たかはしあさお・町内七日町在住、町保母、和23年生れ)

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