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昔の子供の遊びを語る/空地の遊び | へんなか

昔の子供の遊びを語るhennaka

へんなか 座談会 「昔の子供の遊びを語る」空地の遊び

昔の子供の遊びを語る/空地の遊び

出席
竹部 一郎 二本柳(明40生)、北原ハツエ 太郎丸(大7生)、北原 テイ 太郎丸(大3生)、中村 ミツ 新町(大14生)、田中 久次 相野原(大12生)、峰村  誠 上谷内(昭16生)、松田  薫 法坂(昭16生)
進行・写真/山崎 正治 法坂(大14生)、竹部 勇 相野原(昭2生)、高橋 実 楢沢(昭15生)
時 平成元年11月8日(土)
所 町就業改善センター

 

 空地の遊び

竹部(一) 畑の空地や、田んぼの稲刈りおわったところで、杭うちをやった。杭の先をとがらせて、相手の杭にぶつけて、倒す。あれは、人の足元ねらうので、危ないと家の人や先生に叱られた。
峰村 われわれのころは、杭でなく、釘を使いました。大きい釘、小さい釘といろいろな釘を使った。
中村 わたしたちのころは、自分で作った。
山崎 自分で、ぼよをけずって作ったくいです。
中村 とうしん木の葉の柄を何本ももっていて床におとして広げる、二本はいると二本もらう、三本はいると三本もらえる、まわりにあるとだめ(はしによる実演)
北原(一) それをじゅんふりといいました。豆の手(葉柄)やふじの手でやりましたよ。
山崎 はじめてきいた。
中村 かこんだところがないとだめ、よくばるとまわりにあたる、あたるとだめというのです。
竹部(一) マメの手で、ムシカゴつくり、イナゴを入れたりした。
田中 塔や敷物をあんだ。
山崎 マアニニク(ツルボ)の茎を使った。あれが緑できれいでね。
竹部(一) あのころは、どこも畔豆をつくったもんです。
高橋 稲の穂を抜いて、根を洗って、人形をつくったりはしませんでしたか。
北原(テ) おぼえはありませんね。この前テレビでやっているのを見ましたが。
山崎 山へ栗ムキにいった。栗は、十五夜にならんととってはだめだとわれていた。
田中 そのころ、白菜植えてあって、今みたいに消毒できずに、虫がつくのでね。缶の中に粘土を入れておいて、そこにとった虫を入れてくっつける。翌日またゆくと、虫が出ていて、学校からあがってくるとあれを拾わんとあそびにいがんねかった。
北原(テ) 今の子は、山栗は、リスの餌といっています。
高橋 アケビはありませんでしたか。
田中 あれは、あまりうまくないからね。
北原(テ) イツキ(やまぼうし)もたべました。ミヤマツブドウもありました。いい味でした。
山崎 秋は、家の手伝いさせられた。薄の穂は弓の矢にした。
松田 カライモのズイキで、ポーンととばす。
竹部(一) キクイモの鉄砲。
北原(テ) 杉鉄砲。竹の細いのを使って作るんです。
竹部(勇) カヤの穂の固いところ、野沢菜のカブの小さいのを刺して、矢をつくったことがあります。
山崎 矢は、先をとがらせて、ブスと刺さった時、ブルブルと震えておもしろかった。矢には、鳥の羽をつけた、それも、尾羽がまっすぐにとんだ。団長から、危ないすけしんなと命令が来た。
竹部(一) モクロジの羽根つく、ケンケンというた。四枚の羽根で、クルクルととんだ。
山崎 あの木は、半寄生で、庭木にしてもだめだ。

 

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