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特集:八石山 わが八石山 | へんなか

わが八石山hennaka

へんなか エッセイ 「わが八石山」

わが八石山                   岩野 俊逸

「日本山嶽志」の八石山の記載  小国に生れ、小国に育った者には八石といえば何となく懐しい響きを感ずる。小国の人は普通は「八石山」といわず「八石」といって来た。「雪が八石に三度降ると次ぎにはおらの村にも積もるんだ。」小学校に通ったいた頃、猿橋と金沢の間の谷間から僅かに見える八石に初雪が来ると大きな子供たちが聞かせてくれたことを覚えている。子供心に八石は高い山なんだなぁと思っていた。
 編集の高橋実さんから、八石山について何でもいいから書いてくれと申入れがあったがあまりに漠然としているし、期限が短かったので、この山との永いつきあいの中から思い出すことなどを書かせてもらうことにした。従って現在は変ってしまっていることもあると思うけれどもお許しねがいたい。

 一、八石山のあらまし

 小国町の渋海川と柏崎市の鯖石川がほぼ平行して、南から北に流れており、その中間に八石山地が数個の峰を南北に長く連ねて走っている。標高は最高点で五一八メートル。長さははっきりしないが、南の石川峠から北の武石峠までを五万分の一地形図で測ると直線で約五キロメートルである。だから山というにはあまりにも小さいものであるが、高頭弌(しょく)氏の名著「日本山嶽志」(明治三九年発行)にはのせてあるし、米山と黒姫山とを併せて「刈羽三山」などと呼ばれたりして、わりに知られているようだ。

小国側の八石山
 小国側から見る姿と柏崎側から見る姿は大分感じが違う。小国側の量観はちょっと高山らしく、柏崎側では丸みのある三峰が寄り合って穏やかな感がする。最高点のある峰は小国では男八石、柏崎では久ノ木八石、五一三・八メートルの三角点のある峰は小国では女八石、柏崎では南条八石といって夫々呼び名が違う。柏崎側から見るとその北にもう一つはっきりした峰が目につくがこれを赤尾八石といっているそうだ。小国町と柏崎市との境界は主脈の分水嶺とほぼ一致している。 柏崎側の八石山

二、久ノ木峠に沿って

 離山から男八石と女八石の間を越し、柏崎の久ノ木に通じる峠道があり、これが八石を探るには便利な道であった。現在は小国側は何とか行けても久ノ木側は通れなくなってしまった。私は昭和十年頃から何回となくこの峠道を歩いた。大概は頂上の御堂平という所で引き返したが久ノ木まで下って石川峠を越えて帰ったことも度々あった。小径は山の斜面を斜めに横ぎる所が多く人の踏み跡程度の所もあり、雪消え頃は崩れ落ちていたりした。この小径で人に会うことはほとんどなかった。峠の頂上は狭い堀割になっていた。その手前二・三百メートル程は男八石の北斜面で水分が多く、飲める水も出ており、この山としては珍しい植物が生育している場所であった。シライトソウ・ウメバチソウは個体数は少なかったが、ここにひっそりと生えていて通る度にその健在を確かめたものだった。
 堀割を越せば視界はぱっと開けて正面に高く米山の勇姿があり、眼下には鯖石郷が見下された。この広場は久ノ木の所有に属し、幾段かの畑になっており、きれいに耕作されていた。そしてその中を小径は通っていた。畑の端に冷たい清水が湧出しており、エノキが一本枝葉を広げて木陰をつくってくれていた。男八石の頂上は峠の堀割から南に標高差百メートル程で、急斜面には直登するけもの道のような小径があった。
 又堀割の北には平坦な土塁状の地形が続き、ススキの中を小径が辿れて女八石の本山にかかるとアカマツ・コナラ.マルバマンサク・リョウブ・オクチョウジザクラなどの密生した間をほぼ直登する小径が頂上までついていた。ここは狭いながら道薙をしていたらしかった。峰の頂上は丸く平坦に近いなだらかさでススキなどが生えて視界をさえぎるものはほとんどなく、米山、黒姫、柏崎市街から日本海を一望することが出来た。しかし、残念ながら小国側は背丈の高い雑木林のため眺望は全くきかなかった。この頂上までは南条からも小径が来ていた。そして五一三・八メートルの三角点が厳然と立っていた。
 男八石の北斜面が御堂平の畑に続くあたりの草むらに八石牡丹の名のある銘花シラネアオイの大きな群落があり、花の時期に行くと美しい眺めであった。
 屏風滝の水源は御堂平にはじまり、その下方のV字谷の水を集め五万分の一の地形図によると標高二〇〇メートル付近で滝となり落下している。滝への道はなく、滝川を下流から登る以外方法がなかったのは残念であった。ほとんど垂直の安山岩壁が屏風のように屈曲して続いている。
 屏風滝の水源が御堂平を流れるあたりは大小の角礫が洗い出されて浅い水流の底に集まっていて、その間にハコネサンショウウオの幼生(子ども)が棲息していた。深山の水温の低い渓流にしか棲めないという。この辺に珍しい寄生植物のキヨズミウツボも見られた。
 久ノ木への道は御堂平から直ちに安山岩の露頭した急斜面を電光形に下り、屏風滝の真上を通って(滝は見えない)更に急降下する。このあたりの岩壁にメノマンネングサ・イワイタチシダ・イワデンダなどの珍品が着生していた。滝のあたりを過ぎると道の傾斜がゆるくなり、やがて久ノ木の水田が見えて来る。

三、不動滝

不動滝  屏風滝同様八石の西側即ち柏崎市地内にある。名の示す如く滝壷近くには不動様の像が安置されており、戦前には夏の土用頃になると滝に打たれている白衣の人の姿も見られ、氷水や駄菓子などの屋台店も出ていたこともあった。
 この滝も安山岩の岩壁から落下しており、水量は多く高さも高く(約二十五メートル)滝壷は広く、下からは良い道が通じており正に名爆の名に値する。垂直の岩壁には岩を伝って流れる水と滝しぶきにより常によい環境が保たれて、蘚苔をはじめいろいろの植物が着生し、緑の壁をなしている。ミヤマカラマツ・ヤグルマソウ・アズマシロカネソウ.コシジタネツケバナなどの珍品が見られ、オオバギボウシ(俗名うるい)・ウワバミソウ(俗名みず・みずな)など深山性の山菜も大量に着生する。
111 滝の手前からけもの道ような踏み跡を辿って滝の上に登ってゆくと下から見える滝の上には更に数段の低い滝がある。このあたりからは文字通りの深いV字谷で急斜面を滑り落ちないように枝につかまったりしながら少し行くと渓流に下り立つことが出来る。緩傾斜の水流に添って土砂が堆積している所もある。かれこれ二十年近く前の五月初めのこと私たち数人のグループはここでトウホクサンショウウオの棲息地を発見して気をよくしたことがあった。この卵嚢は透明で中の卵の粒が見えるし、水が流れている小川や湧水に産卵して置くので、不透明な卵嚢で池や水たまりなどの静水中に産卵するクロサンショウウオとは卵だけではっきり区別出来る。トウホクサンショウウオはその名の通り東北地方に分布の中心があり、新潟県はその南限で産地は少なく、現在では北緯三七度線より南では産地が発見されていない。
 又国蝶の大型で美しいオオムラサキがこの滝付近の高い木の梢を飛んでいるのが見られたが今はどうであろうか。食草はエノキである。

四、ばば石

 八石は海底に堆積した水成層のなかに噴出した海底火山であるといわれている。なる程その西側斜面には二つの滝をはじめとして至る所に火山岩の露頭を見ることが出来る。しかし東側斜面即ち小国側ではこの「ばば石」が人の知る唯一の露頭である。五万分の一地形図には標高二六〇メートルの等高線付近に「姥岩」と書いてある。「うばいわ」と読みたいところであるが小国では昔から「ばばいし」といって来たのだろうと思う。地名にはうかつに字を当ててほしくないものだ。
 ところでこの集塊熔岩は八石にとっては巨大な存在で、伝説も伝えられており、この山のシンボルの一つとなっている。減反や薪が使われなくなってから農道の手入れも出来なくなり、一時近寄ることが出来なかったが最近ここを通る新道がつくられ安易に近づけるようになったと聞く。付近にはチャボガヤが多く、カワミドリ・タチタネツケバナ・ヤマハタザオ・イワデンダなどこの山としての稀品が見られる。

五、蛇(ナタ)が池

 小国側の尾根近くにあるほんの小さい水たまりのような池である。近年八王子本村から男八石まで尾根伝え[ママ]に道薙をして登山道が開けた。その登山道から分かれて僅かに小国側に下った所にある。以前は下に水田が続きそれに沿った道から登れるようになっていたのである。この池は小さく水深も浅いが湧水のため一年中水は枯れないで少ないながら下の水田の水源だったと思う。この池も昔から伝説が語りつがれていた。池の周囲は窪地になっており雑木におおわれ、水湿が多いので下草も面白く、特にクサソテツが珍しかった。池にはミズアオイがあった。
 池の窪地の上方には狭いながら平地がありここは「おんたけ」といって石の祠がいくつか並んであり、平地の端には年代を経たアカシデを主とした木が何本も立っていた。

六、石川峠

 旧石川峠は八王子本村の西の外れから急な上りを登り、屋号「峠」という家の傍を通ってからは坂はゆるくなって西に向かった。この辺でミヤマハハソの涼しそうな感じのする繊細な白い花穂がゆれるのを見ることが出来た。村外れから約二キロメートル、標高差一五〇メートル程で頂上であった。
 ここは見晴らしがよく、米山・黒姫・日本海が一望出来る所だった。老木と思われる大きなエノキがあり、石の祠か碑か大小いくつか鎮座していた。久ノ木峠と比べれば道巾は広く坂がゆるかったので楽な峠だった。夏坊主といわれる(和名はナニワズ)早春に黄色の花を楽しませてくれる小木がこの西側の絹面にあった。
 新石川峠は戦後ここより少し南に開道されたもので標高は五〇メートルくらい低く車が通行出来る。現在は旧峠の方は通る人がなくなり手入れが出来ないので通れなくなっている。

七、おわりに

 八石のごく大ざっぱなことをあちこちかじり廻ったようなものになってしまった。高さ五百メートルしかない八石山地であるからこの山に面白い珍稀な自然を求めることは無理である。しかし、わが郷土の愛すべき八石はその自然誌的探求の相手として不足のいえない興味ある面を沢山持っている。
 地学方面でも生物学方面でも、まだ手のついてないやり甲斐のあるものが多いと思う。八石は謙虚にその自然の扉を開いてくれる人を待っている。
 近年山野草に興味を寄せる人が多くなったという。これは一過性の波かも知れない。だがこれは決して悪いことではなく、むしろ喜ばしいことである。しかし大勢の中には不心得な人もあって珍しい植物をごっそり掘り取って持ち帰ったり、更には金もうけの道具に使ったりするに至っては誠に困ったことである。八石も例外でなくその危険にさらされているので盗採から守るようにしたいものである。泥縄というそしりを受けるかも知れないが八石産として特にその場所にそのまま永く生き続けさせたいものを拾い上げて大方のご協力をお願いしたいものである。
 シラネアオイ(やまぼたん・はちこくぼたん)
 サンカヨウ
 この二種は日本海側の雪の深い林下にしか自生していないもので環境の変化に弱い植物であるから、八石でも限られた場所にしか生育していない。これに準じて次のものも生育場所が限られ又固体数の少ない種で人の目につき易い植物である。
 スハマソウ(ゆきわりそう)
 ニワウチワ
 シライトソウ
 ウメバチソウ
 ルイヨウボタン
 ナニワズ(なつぼぅず)
 ヤマソテツ
 終わりにこの稿のためにわざわざ不動滝の高さを測定(ハンドレベル使用)して下さった小国生物友の会の高橋実君に感謝します。

(うちやまさだお・長岡市在住       
昭和22・1生れ 日本山岳会会員)

→ 『へんなか 第八号 特集:八石山』目次のページへ

※文中 編集の高橋実と、小国生物友の会の高橋実氏とは同性同名の別人である。生物友の会の高橋実氏は、町内太郎丸在住。小国町役場勤務。写真にも趣味をもち、口絵写真は氏の提供による。
 第八号も氏の力によるところが多い。(編集部注)

 

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