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「墓を建てる」 | 第二小説集『紙の匂い』

墓を建てるworks

墓を建てる 6

 昼間、嘉市はいつもひとりである。利子は勤めにゆき、直子は学校へ出かけている。直子は、クラブにはいっているとかで、いつも帰りは暗くなったころになる。このごろ、嘉市はもう、金箕づくりをしなくなった。材料にする一斗カンが見つからなかったのもその原因の一つであるが、嘉市の体もめっきり弱くなった。ひざが痛くて、立ったり坐ったりにかなりの手間がかかった。一日中ぼんやりとこたつにはいっていることが多い。小便が近くなって、しきりにトイレに立たなければならない。トイレまで歩いて、こたつにはいるだけで息が切れて苦しかった。昼飯は、たいてい朝の残りごはんをジャーの中から茶わんによそって、それにおかずも朝飯の残りですました。利子が朝、お昼のためにおかずを一品作ってくれることもあるが、それも朝が忙しいとそんなに時間をかけてもいられない。朝ポットの中に入れたお湯も昼にはぬるくなっている。それを急須についで、チョボチョボと茶わんの中にそそぐ音はわびしいと思った。  茶の間の隅の小さな仏壇の上に、満、千鶴、トク、嘉光、英樹と五人の写真が額に入れて飾ってある。その写真の下のこたつの中で、話す相手のいない嘉市は、写真と話して時間をすごした。
「おじいちゃん、みんなおじいちゃんに迷惑をかけ通しで……」
 嘉光がいった。
「なに、このくらい……」
 嘉市は答えた。
「この家に聟に来てもらったばかりに……」
 満がいった。
「なにをいうんだね、もうそんな古い話を。おれはもうこの家の人になりきっているというのに。お前たちの骨を守って、これから何年もがんばるんだよ」
「おじいちゃん、そんなつよがりいっていいの。もういつお迎えが来るかわからんというのに」
 英樹がいった
「バカいえ、おれは年はとっていても、お前のようなまぬけじゃないぞ。お前のその写真はなんだ。死んだときの写真くらい、ちゃんとえりのホックをかけておくものだ。それで人がおまえのことをだらしのない子だというんだ」
「わかったよ。おじいちゃん、ごめんよ。なんにもしてやれずに」
「今なあ、あの村の墓を新しく建て直そうと思っているんだ。英樹は何も知らないだろうが、あの場所は、このおじいちゃんの青春が燃え盛った場所なんだ。お前のおばあちゃんもそこで死んだ。トクばあちゃんじゃないぞ、俺のかみさんのことじゃ。嘉光がいうからしかたなしに、あの村を出てしまったが、今になってみると、あれはまちがいだった。今までは生きている人の都合ばかり考えてきた。この家はこんど死んだ人の都合も考えなければならないのだ。トクばあちゃんが、死ぬ前に、小国に行ってみたいと口癖のようにいっていたが、今になってみると、トクばあちゃんの気持ちがわかるような気がするのだ。英樹、お前も、あの村で暮らしたら、死ななくてもよかったのだと思っているんだ。町の空気は、お前が生きてゆくには、濁りすぎている。でも一度、村を捨てたものが、もう村へ帰ることはできない。お前たちのために、あそこに新しく墓をたててやろうと思うんだ。もちろん、いつかは俺も利子もそこに入れてもらう。あの墓はお前たちの骨でいっぱいになっている。そのためもあるが、墓には、〈棚橋嘉市、利子建之〉と刻むことにする。利子も賛成してくれた。考えでみると、俺も利子も、よそからこの家にはいった人間だ。この家は、跡継ぎが次々と死んで、よそからはいった人だけが生き残っている。不思議な家だ。俺も直子がいい聟さんをもらうのを見届けてから死にたいと思っているんだ。いつになるかわからんがのう」
「あいかわらず、おじいちゃんは気が強いんだから」
 英樹がそういって、カラカラと笑った。
「バカこけ、この気の強さが、今まで長生きしてきた証拠なんだ」
 嘉市は、きっと五人の写真をにらみ返した。

 
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