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「薄暮の始業ベル」 | 第二小説集『紙の匂い』

薄暮の始業ベルworks

薄暮の始業ベル 5

 四十一歳の高校生――五十嵐は、まずこの鳥居ユリさんに会ったときほど驚いたことはない。話にはきいていたが、自分の母親ほどの年齢の人を、生徒として対面しなければならないとは。鳥居さんは、村役場で保健婦をやるかたわら、この上山分校へ通っていたのであった。御主人とは事情あって別れ、一人息子も大学にゆくため家を離れて一人ぐらしであった。その鳥居さんが、紺の制服にリボンをつけて、教室の机に坐っていたのには、実のところとまどった。他の生徒と同じように扱ってくれといっても、五十嵐より十歳も年上の人に、よびすても出来ない。この鳥居さんが、応援練習で、声がかれるまで上級生にしごかれ、体育には、バスケットやとび箱をやるのである。敬服すべき人生といわなければならない。
 放課後など、五十嵐はよくこの鳥居さんと話をすることがあった。
「鳥居さんは、よくこの定時制で学ぶ気になりましたね」
「子供もいなくなると、夜ひとりで家にいるのが、なにかとりのこされたみたいなさびしさでしてね。受験の時の恥ずかしさってありませんでしたよ。恥ずかしいやら悲しいやら、子供につきそってもらってやっと試験を受けたようなぐあいでした」
「いろいろな苦労もあったでしょう」
「そりゃ大へんでしたよ。まわりは、自分の子供と同じくらいの同級生でしょう。しかも英語なんて、はじめてでしょう。私らの高等科のころは、ちょうど戦争中で、敵性語として排撃されていたころだったでしょう。はじめは、本を開き、やっと文字に目がなれたころもうおわりのベルが鳴るというくらいで、学校のリズムに合わせるのに大へんでした。それに、もう老眼鏡のいる年になったでしょう。眼鏡をうっかり忘れたりしたら、一日なんにもできなくて。なにせ、あの応援練習ほどつらいことはなかったですね。自分の息子みたいな上級生にとりかこまれて、声が小さいとどなられる。一人ずつ何度でもオウーッとかけ声をかけさせられる。それも全校の人の前ですよ。まわりの人たちに助けられてここまできたんです」
「いやあ、ほんとに立派なものです。県内のどの高校を見ても、鳥居さんのような人はいないでしょう」
「はじめは、さんざんひやかされたり、笑われたりしました。でもこのごろは、すっかり理解してもらい、職場で夜の会があっても、気をつかってくれるので、かえって悪いみたいです。同級生の人間関係もむずかしいのです。遊びたいさかりの年ごろでしょう。昼間働いていて夕方、人が遊んでいるとき勉強しようというのですから、いろいろな誘いがあるのも無理ないんです。でも、私までその仲間にはいれない。同級生にとって、わたしなんかけむたい存在だったのでしょう。まるで先生が二人いるみたい。それも、一人の先生は、授業が終れば教務室に帰るのに、私は、いつもみんなといっしょ。いつも監視されているみたいに見えたのでしょう。さんざん男子の一部から、婆さ、婆さなんていやみをいわれましたて。同級生から反発される。大人としての常識と、高校生との自分の板ばさみ、なんといっても、これほどつらいことはありませんでしたね。でも、可愛いいところもありましたよ。体育の時なんか、跳び箱から落ちて、いやというほど尻をぶったときなんか、みんながよって来て心配してくれる。とたんに痛さもふきとんでしまうんですよ。時々、母親みたいにして相談をもちかけられることもありましたよ。学校をやめたいと思うとか、好きな人ができたとか」
「やはり、鳥居さんは、同級生のアイドルだったんですね。ほんとに助かります。どれだけ鳥居さんの存在が、他の生徒の励みになっているかわかりません」
「とんでもありません、私など何もできません。これもみんな職場や学校の励ましのおかげです。私のわがままのために、いろいろな人にすっかり迷惑をかけて、申し訳なく思っています」
 定時制教育がはじまったころには、学ぼうにも学ばれなかった人たちが、年齢を越えて集まってきたが、あれから二十二年もたって、もうこうした鳥居さんのような人は珍しい存在であった。四十歳すぎて、十代の人と机を並べて学ぶなんて、よほど大きな決心がいったに違いない。鳥居さんのような人が一人でもいる限り、上山分校は十分存在する理由があった。
 五十嵐は、国語の時間などに、「い」と「え」の違いなどには力をこめて教えた。「い」と「え」の区別ができにくいのは、越後人の特徴だといわれるが、鳥居さんの年より上の人達にそれが著しいことは、鳥居さんの文を読むまで知らなかった。「聞こいた」「引えた」「迎いた」というように、どこで「い」が使われ、どこで「え」が使われるのか、鳥居さんにはむずかしいことであったようだ。
「そろそろ例のものがなくなってきましたが、またお願いできませんか」
「はいわかりました。明日にでももってきてあげましょう」
 例のもの――それは男性用避妊具のことをいっている。保健婦である鳥居さんは、家族計画などの指導もあるので、いつも自宅にこの避妊具を用意している。市販のものを買うなんてばからしい、半分以下の値段で斡旋してやるという。なんの話からこんなことになったのであろうか、放課後の教室での会話である。寡婦である鳥居さんに、こんな話ははばかられたが、このごろは日常会話にふつうに出てくるようになった。
「教師が生徒からこんなものを買うなんて、日本中、どこの高校を捜してもないことでしょうね。これも鳥居さんでもいなくてはできないことですよ」
 五十嵐は、こういって、はははと笑った。鳥居さんも笑う。翌日、五十嵐のカバンの中には、ダースごと買った避妊具の箱がかたかたと音をたてる。こんなカバンを他の生徒にでも見つけられたら、大へんなことになるだろう。五十嵐は、しかし、楽々と教科書のようにして家に運ぶ。生徒だけでなく、五十嵐もまたこの鳥居さんに甘えているのかも知れない。

 
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