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「薄暮の始業ベル」 | 第二小説集『紙の匂い』

薄暮の始業ベルworks

薄暮の始業ベル 7

 卒業式をあと一週間後にひかえて、校内で単位追認考査が実施されることになっていた。思いがけない流産ということで、卒業試験を受けられなかった芳美の他にもう一人ひろ子がこれを受験することになっていた。ひろ子は、今までも欠席が多く、注意されていた生徒だった。無断欠席があったあと、注意したりすると、こんな学校いつでもやめてやるといったり、おこって家に帰ってしまうことさえあった。家へ電話でもすると、翌日学校へきて
「どうして、先生は、家へなんか電話かけるんだい」
とすごいけんまくで五十嵐に食ってかかった。スナックや喫茶店にいたと友人が知らせてくれたこともあった。
「先生、ひろ子はまだ来ていませんが」
 教室からもどった橋田先生にいわれて、五十嵐は真っ青になった。この追試に受からなかったら、卒業できないのである。ひろ子は、前日から連絡がとれず、家にもいないという。それでも、追試にはきっと姿をあらわすだろうと思っていたのに。本人は、一番よく知っているはずである。あわてて家へ電話する。家にもいないという。いったい、こんな大事な時に、ひろ子はどこを遊び歩いているのであろう。今は、もう打つべき方法はなかった。とうとうひろ子は、追試がおわっても、学校へ姿を見せなかった。このままであれば、ひろ子の卒業延期は確定する。追試の終るのを待って、六人の分校職員はこの問題について話し合った。
「規定がある以上、その規定に違反したのだから、ひろ子の卒業延期もやむをえない」
 五十嵐を除いた五人の職員は、そろって、こう主張した。ここで五十嵐がどういおうともう通用しないことであった。
「たしかに、ひろ子が自らの意志でこの試験をボイコットしたのだから、なにをいわれてもしかたない。ただ、学級担任として、せっかく四年間やってきて、ここになって、卒業できないとなると、あまりにも気の毒だ。本人の長い一生のためにも,なんとかもう一度チャンスを与えてもらえないだろうか」
 五十嵐はいった。いいながら、なにか口がひきつって、うまく話せなかった、他の職員たちに嘲笑されているように見えた。
「今までのひろ子の態度は、あまりにもいい加減だった。そのためにも今回の措置は、いい薬になると思いますよ」
 橋田先生は、そういった。
「先生も、よくあんな生徒の味方ができますね。あんな怠け者、いいかげんにこらしめてやればいいんですよ」
 川田主任もそういった。二人の先生のいわれることももっともなことであった。上山分校の職員の間で、ひろ子の評判はひどく悪かった。なまけ、うそつき、わがままとあらゆる悪評がなされていた。こんなひろ子に、五十嵐がなぜ味方するのか、その真意がはかりかねるという表情を見せた。いくら学級担任といっても、そこまで同情しなくてもよいだろうといった。しかし、五十嵐は、あの正夫と行平のことを考えていた。二人は、とうとう救うことができずに学校を去っていった。ここでひろ子を救ってやらない限り、ひろ子はこの二人と同じ道をたどるであろう。生涯、退学の負い目を肩にせおって生きてゆくことになるだろう。なんとかして、ひろ子を救ってやりたいと思った。
 その日の職員会議は、平行線のまま、十一時すぎて散会した。家に帰ってから、ひろ子の家から電話があり、今ようやく家へ連れてきたという。いったいどんな気持ちでいるのであろう。自分のとった行動が、とりかえしのつかないものであることを知っているのであろうか。五十嵐は、今すぐにもひろ子のところへとんでいって、理由を聞いてみたかった。しかし、もう時間もおそかった。明日にして、きょうは眠ろうと思った。でも、あの職員会議のやりとりが頭にちらついて、いつまでも眠られなかった。どうして、五十嵐のこの気持ちは、他の職員に通じないのであろう。それは、ついには、反感のような激しいものに高まっていった。
 翌朝、五十嵐は、雪の中をひろ子の家を訪問した。ちょうどこの日、五十嵐の長男が通っている保育所のおゆうぎ会にあたっていた。妻が勤めているので、こういう所には、父親が出ていかなければならない。早めにひろ子の家を辞して、そのまま保育所へ行くつもりでいた。ひろ子の家では、まだひろ子はいなかった。昨夜、家へ帰ってきて、興奮しているようすなので、そのまま近くの親戚の人が自分の家へつれていって、今までの話など全然きいていないという。両親は、ひろ子とあまり話をせず、ひろ子も両親にはあまりしゃべりたくないという。家庭内の最少限の会話すら、この家では交されていないものと見える。
 九時すぎて、ひろ子が家に帰ってきた。日頃のあの元気さが全くない。ひろ子を前にすわらせて話をきき出そうとした。彼女について聞きただしたいことがあまりにも多くありすぎた。しかし、ここで怒ってしまってはなんにもならない。
「お前は、どうして追試を受けようとしなかった」
「とても、自信がなかったんです。わたしみたいなもの卒業する資格がないと思って」
「そんなことは、学校が決めることではないか。追試をうけなかったら、あとはどうなるのか、知っているだろうな」
「はい……」
「四年間、お前が通って来たことが無になって、もう一度やり直すことになるんだぞ」
「わかっています……」
 ひろ子は、終始うつむいたまま、ことばは少なく、じっと動かなかった。親であろうと、教師であろうと、激しい口調で食ってかかるあの日頃の元気さはどうしたのであろう。
「いったい、こんな大事な試験なのに、どこにいっていたんだ」
「友だちのところへいました」
「どんな気持ちでいっていた、お前が卒業できるかどうかという大事な時に……そんな大切な話でもあったのか」
「友だちはなんにも知らないんです」
「どうする、もう一年留年する決心はついているだろうな、現実は、お前の考えるほど甘くはないのだぞ」
「しかたないと思っています。もう一度受けさせて下さいなんて、むしのいいお願いなんてとてもできません」
 ひろ子は、思いがけずすなおになっていた。どうなっても、すべて自分がやったことで、どんなことでもあまんじて受けようという気になっているらしい。きちんと正座した、ひざの上の手がかすかにふるえているのは泣いていたのだろうか。
「お前は、一年留年しても、もう一度やり直す気持ちがあるのだな」
 もう一度念を押した。
「はい……」
 口ごもったひろ子の声が聞こえた。なんとかひろ子を救ってやらねばと五十嵐は思っていた。
「よし、お前のその気持ちがわかれば、なんとかもう一度チャンスを与えてもらうよう他の先生にたのんでみよう。お前も、自分の行動が悪かったと思うなら、夕方学校にきて、ほかの先生におわびしてみよ。先生方が、どんな反応をしめすかわからないが」
 五十嵐がひろ子の家を出たのは、もうおひる近かった。保育所のおゆうぎ会は、もうとっくに終わっているだろう。父親の来るのを楽しみにしていた長男は、どうしているだろう。少し、かわいそうだったが、そんなことはいっていられなかった。
 その日、夕方になって、ひろ子は、一人で学校にやってきた。本来なら、親といっしょにきて、職員にあやまるのが当然であろう。ひろ子の両親は、そんなことはしてやらなかった。はいってきた早々に、制服のリボンがついていないといって、吉本先生にどなられた。その声に圧倒されるように小さい声でわびた。ひろ子の帰ったあと職員の間には、ひろ子はなんのために学校へ来たのか、なにか下心があってきたのではないかとうわさしあった。五十嵐だけはだまっていた。
 ひろ子の帰ったあと、再び前日の会議が続いた。ひろ子に対する、他の職員の反感は、依然として強かった。卒業式は、明後日にせまっていた。芳美の方は、なんとか合格点をとっていたので、この報告もかねて、ひろ子が追試をうけなかったことを本校に伝えた。本校の定時制主事は、それは困るといった。明日、六人の分校職員から本校へ来てもらい、そこで話しあってみようという。意外なところからひろ子を救う道が開けそうであった。いずれにしても、ひろ子は、明後日の卒業式に出られないことは明らかであった。しかし、それでも、卒業式がのびたとしても、一年留年するのと、同じ年度内に卒業できるのとは大きな違いである。
 こうして、ひろ子のための長い一日が終わった。彼女には、この苦労がわかっているのだろうか。いやひろ子だけではない、他の職員にも、五十嵐が、あんななまけもの、あばずれ女のひろ子のために、なぜ力をつくそうとするのかわかっていないであろう。なんというお人好しであろう。彼女のためには、今ここでつき放すことが、長い人生にかえってプラスになるのではないかと思っているであろう。五十嵐は、なんとしても、ひろ子を救ってやりたいと思った。ここでつき放したら、彼女はたちあがれなくなるであろう。一年留年してもがんばるとけなげにもいっているが、この一年がどんなに苦しいものであるか正夫や行平の例がよく物語っている。ひろ子には、まだ実感としてわかっていないのだろう。教師の気持ちはいつも生徒によって裏切られ、教師の行為はいつも生徒に理解されることなく終わる。教師とはなんと割の悪い仕事であろう。
 翌日、本校において、校長、定時制主事を交えて上山分校の職員会議が開かれた。本来なら、これは分校内部の問題として、川田分校主任を中心にして、まとめなければならぬことであった。分校内部の問題を自分たちだけで解決できず、本校までいって会議しなければならないというのは、上山分校の恥であり、川田分校主任の力不足ということになるかも知れなかった。しかし、今は、そんな外聞を気にしている時ではなかった。
 会議は、校長自身が直接生徒に会って、その上で結論を出そうということで結着を見た。
 翌日は、遠野原高等学校全日制、定時制合同の卒業式であった。全定合同の卒業式は毎年恒例となっており、学校長の式辞では、在学期間を「三年または四年」と定時制の生徒への配慮に神経を使っていたが、式に招待された来賓の祝辞には、定時制の生徒を無視したものもあった。全日制九クラス四百名の卒業生に対して、四つの定時制分校をあわせて百名たらずということで、定時制は、いつも脇役におかれる。同じ校章をつけ、校歌も同じであっても、全・定の間には深い溝があり、合同卒業式は、木に竹をついだようなちぐはぐなものになるのは避けられなかった。
 上山分校の生徒が、この本校にやってくるのは、数えるほどしかない。全日制の生徒と並ぶのは、四年間の在学中、入学式と卒業式の二回しかない。分校の生徒にとっては、本校は、形容しがたい威圧感を与えられる。ここは、上山分校の生徒が、一度受験して失敗した場所でもあり、中学の下級生と一緒に卒業する学校であった。毎年、答辞は全日制、送辞は定時制の生徒が述べることになっていた。そのため、時には、定時制の三年生が、かつての中学の同級生であった卒業生にむけて送辞を読むようなこともあった。定時制の生徒は式の予行もなく、卒業式の朝、はじめて自分の席を知らされるので、いつもとまどいが見られるのはやむをえなかった。分校の職員たちも本校では、定時制の教務室のパイプ椅子に客人のようになっているしかない。生徒も職員も本校は、全く別の学校でしかなかった。いや、それよりももっと心理的威圧感をもつ学校だった。
 式は、十時から始まることになっていた。この日、上山分校は、病院勤務で出られない二人とひろ子を除いて、十二人が式に参列することになっていた。しかし、十二人の生徒はなかなかやって来なかった。玄関がわからないのではなかろうか。控室がわからないのではなかろうか。五十嵐は、定時制の教務室にいても気が気でなかった。全日制の生徒であれば、前日の予行の時、集合の場所や時間の連絡があるのに、上山分校は半月も前にプリントを配っただけだった。九時四十分、卒業生が入場するために廊下に並びはじめていた。上山分校の生徒は、このころになってあわててかけこんでくる生徒がいた。それでも、とうとう入場の時になっても三人の生徒は姿を見せなかった。いったい三人は、なにをしているのであろう。式が始まった。始まるとすぐ卒業生の坐る椅子は、余分のものは片づけられ、三人がたとえ、おくれて来たとしても、すわる席はなかった。
 上山分校十四人の卒業生の中には、あの四十一歳の高校生鳥居ユリさんもきちんと制服を着て坐っていた。四年間の定時制高校を一日も休まず通ってきた生徒もいた。そしてあの芳美は欠席するという連絡があった。退学していった正夫と行平は、今ごろなにをしているであろう。
 式が終わって、卒業生が退場する時になった。父兄や在校生の拍手の中を、だれもが胸を張って、堂々と退場していった。その後の父兄席に上山分校の三人の男子がすわっていた。服のボタンをはずし、口をうごかしてチューインガムをかんでいる。そして、他の在校生と一緒に卒業生に拍手をおくっている。みんなと調子をあわせるのではなく、わざとおそく、手をたたいたり、全く手をたたかなかったり、気まぐれとしかいいようのない拍手であった。そばについていさえすれば、すぐ注意するのだが、五十嵐の立っている職員席と父兄席は離れており、その間を卒業生が列をつくって退場していった。五十嵐は、三人の男子の方をことさら見ないようにしていた。だれもこの生徒を知っている人はいないはずだ。この三人が、上山分校の卒業生であることをかくしておきたかった。なにげなく、拍手しながら、いつのまにか顔がほてり、その場を逃げ出したいと思った。どこかでひそひそとその三人の男子のうわさをしているのがきこえて来るような気がした。これが、彼の教えた生徒の最後の姿であった。卒業生は、分校ごとに分かれて教室にはいって、卒業証書を受けとることになっていた。五十嵐は、控室にはいってもお祝いのことばもいえないほど気がどうてんしていた。おくれてきた理由をきいてみると、式が十時から始まるので、それまでにゆけばいいと思ったという。ここ二、三日はひろ子のことで、頭がいっぱいだったせいもあろう。芳美は、どうしてこの式に出てこないのであろう。いくら勤務があるといっても、四年間の高校生活の最後の一日くらい、他の人と勤務をかわってもらえなかったのであろうか。本人が出て来れなかったら、母親でも出席して、五十嵐にお礼のことばの一つでもいっていいはずではなかろうか。上山分校での五十嵐の二年間は、こんな幕切れをとげようとしていた。まだ終わってはいなかった。
 式の翌日、五十嵐は、川田主任とひろ子とひろ子の父の四人で、遠野原高等学校の校長室に出かけていった。これによって、ひろ子の再度の追試験が決定した。あとはひろ子の努力を待つだけである。このあと、五十嵐は、川田分校主任と二人だけ呼ばれ、卒業式の失態について注意をうけた。五十嵐の心配していたことは、その日のうちに校長の知るところとなった。ひたすらわびるより他のことばはなかった。二年間の五十嵐の努力は、この一件においてすべて水泡に帰してしまうような感じであった。その日、分校の職員会議で、ひろ子の再試験が、二週間後と決まった。ともかくも、これで五十嵐は、あちこちに頭を下げ、わびのことばをいいつつ、ほっとした。ひろ子は、他の生徒たちより一ヵ月おくれて卒業していった。遠野原高等学校の校長室において、たった一人の卒業式であった。校長室のロッカーの中に保存されていたひろ子の卒業証書が、たしかにひろ子の手元に手渡された。

 
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