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「薄暮の始業ベル」 | 第二小説集『紙の匂い』

薄暮の始業ベルworks

薄暮の始業ベル 8

 その年十一月、県教育委員会は、上山分校をふくむ県内十三校の定時制高校・分校の募集停止を発表した。ついにおそれているものがやってきた。募集停止から三年たてば、この上山分校は廃校されることが明白である。
 上山分校の募集停止が新聞発表された日、上山分校の生徒は、この話で持ち切りであった。
「先生、おれたちが、この学校の最後の生徒になるのですか」
 一年生の四人の生徒がそろって訊く。
「そうならざるを得ないだろう。なにせ生徒がやってこないことにはどうにもならないからな。いろいろ運動してみたんだが」
「でも、たとえ、一人でも希望する人がいれば、廃校にしないでくれたらよいのになあ」
「県は、そんな県費の無駄使いをしたくないというのさ。全日制なら、一クラス四十五人ももつのだからな」
「でも、定時制というのは、全日制とちがうのじゃないでしょうか」
「そのとおりだ」
「おれたちが四年になったら、中心校にいって学習するってことにならないでしょうか」
「さあ、どうかな」
「やっぱり県は、おれたちを歓迎しないんだな。県のお荷物なんだね」
 だれかがいうと、みんなそうだそうだといった。自分たちの学校に、来年は新入生がはいらないというのは、在校生にとって大きなショックのようだった。生徒もこのことでしばらく、勉強に手がつかないようすだった。
 この募集停止のことは発表の前に、県の方から内示があり、中卒生に働きかけたり、村議会による県への陳情が精力的に行われてきたが、何分にも来年の入学希望者が皆無に近い状態であった。地元病院は、中卒の准看護婦を採用せず、織物工場の不況で、地元求人が全くといってよいほどなかった。三十年になんなんとする上山分校は、人が老衰死を迎えるように、その生命の火を燃え尽くそうとしていた。あまりにもあっけない幕切れというほかはない。
 それにしても、この三十年間、県は上山分校のために、いったい何をしてくれたのであろう。教員定数は増え、教材教具は少しずつ増えつつあるが、依然として校舎は、創立当時のまま、中学校舎の間借りであった。県下の定時制高校で独立校舎を持つ学校はきわめて数が少ない。上山分校も、例年いくらかの予算割当があるが、その消化はむずかしかった。ほしいものがないのではない。なによりほしいものは、独立校舎であり、専用教室であった。買ってもらっても、置き場所がないのである。専用教室がほしいといえば、村の敷地に県の建物は建てられないという。ここで使う、電気料、水道料もすべて村の予算から出してもらう。その建物を初め、県立高校上山分校は、ほとんどの設備を村に依存していた。いったい上山分校は、県立なのか村立なのかわからなかった。しかも、それが設置後、一、二年の暫定期間ならまだしも、三十年も同じ状態のまま放っておくということは、地元にその施設を依存したまま永久に続けるという県の意志だったに違いない。県にとって定時制高校は、将来いつか解消するという暫定高校だったのだろうか。全日制高校は、年々増設され、永久建築への建て替えが進んでいるというのに、定時制高校は、三十年も放置されたままである。教員組織をとってみてもしかりである。分校主任以外ほとんど二十代の教員で占められ、中でも新採用が圧倒的に多かった。そして、三年すれば必ず転出してゆく。定時制は、高校教育の谷間というべきであった。では、いったい定時制高校の将来をどう見るかということについては、県教育委員会はもちろん、教員組合の中でさえも方針を決めかねていた。定時制高校は、就学の機会に恵まれない生徒のためにやむなく設置されたものであるから、全日制を拡充してゆき、定時制を段階的に解消し、生徒は全日制へいけるようにすべきであるという意見と、定時制希望者がいる限り、定時制を充実、発展させ生涯教育の中で位置づけるべきであるという意見があった。しかし、年々の生徒減少を食いとめる手段もなく、次々と募集停止、廃校という道をたどってゆくのを見れば、県の方針は明らかであった。

 
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