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「薄暮の始業ベル」 | 第二小説集『紙の匂い』

薄暮の始業ベルworks

薄暮の始業ベル 9

 上山分校の募集停止がきまった翌年、五十嵐も全日制高校へ転勤した。その年の上山分校同窓会には、年輩者を中心に三十人の出席者があった。同窓会長より、経過報告がなされたが、会場は終始重苦しい雰囲気に包まれた。なんとか存続させる手だてはなかったのかという意見もでた。しかし、それも時代の流れという目に見えない重圧の前にどうすることもできなかった。一つの学校がなくなるという意味をだれもが心の中でかみしめていた。ここで教師として過ごした三年間は、五十嵐にとっても思いは同じであった。上山分校で五十嵐のかかわった生徒や教師たちも彼の人生の一ページの中に組みこまれている。時代の流れ…それは人の心の守るべき灯を残酷に吹き消してゆく。
 今も、五十嵐には、午後六時になると、あの始業ベルの音が耳元に聞こえてくる。廊下を小走りにかけてゆく生徒の足音が聞こえ、出席簿を片手に、スリッパの音をたてて教室にむかう教師の姿が浮かんでくる。ぼんやりとこたつの中でお茶を飲んでいる時でも、家族とともに夕飯の食卓を囲んでいる時でも、そのベルの音はいつまでも五十嵐の耳元で鳴っている。うすい暮色が、あたり一面に広がるころに。

 
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