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「欠ける視像」 | 第二小説集『紙の匂い』

欠ける視像works

欠ける視像 1

 バスで比叡山の頂上についた川瀬は、山道伝いに延暦寺に向かった。延暦寺前でおりさえすればこんなことしなくてもよかったのに、頂上にもいってみたかった。頂上から延暦寺への間道は、売店の人に聞いた。川瀬の目の異常は、この道を歩いているうちにおこった。延暦寺を示す標識の文字の一部が、突然消えたのである。阿弥陀堂の阿の字が消えてしまう。あわてて視点をうつすと、そこに文字はたしかにあった。こんどは、隣の弥の字が消えてしまう。これはいったいどうしたことだろう。川瀬はひどく動揺した。はじめての経験であった。坂をのぼってくる女性グループの端の人が消えてしまう。明らかに川瀬の目の視野が狭まっているのだ。上の方から降りてきた川瀬は、最初の阿弥陀堂の登り段に腰かけて休むことにした。この異常は、左右どちらかの一眼だけにおこっているのだろうか、それとも両眼ともにおこっているのだろうか。川瀬は交互に、一眼をふさいで見た。どうも一眼だけではなく、両眼とも視野が狭くなっているようだ。このまま、この状態がずっと続くのだろうか。それともしばらくしてもとへもどるのだろうか。この状態がずっと続くような気がして、川瀬はそのためにひどく動揺した。しかし、幸いなことにそこに三十分ほど休んでいる間に、すっかり視野は回復していた。目の異常はいつのまにかかき消すようにもとにもどっていた。こんどは、そのあとひどい頭痛に襲われた。きのう夜、宿でよく眠れなかったせいだろうか。そう考えて無理に自分を納得させた。目が正常にもどると川瀬の気持ちも少しずつ落ち着いてきたので延暦寺のいろいろな堂宇を見学した。それでも、そこを早めに引きあげて宿に帰って横になった。頭痛も柔らぎ、もうさきほどの動揺はうそのようであった。
 その後、そんなことはまるで忘れたかのように、何日かがすぎた。川瀬も、あの日の異常が、全く偶然の一過性のものであって、多分に気分的なものにすぎなかったのではないかと思いこむようになった。次第に、あの日の記憶は失せつつあった。
 それから一週間もすぎて、夏休みの最後の日、二度目の異常は、新潟から帰る汽車の中でおこった。第一回目と全く同じ状態で、汽車の中の釣り広告の文字の一部が消え、前の座席に坐っている人の右の耳が消え、もっている週刊誌が消えた。あわてて視点を移すと右の耳も、手にもっている週刊誌もはっきり見える。たしかにおかしな現象であった。目玉の一部を黒い紙で塞がれたような状態であった。今まで川瀬はこんな病状の人を見たこともないし、まして話に聞いたこともなかった。二度目がおこってみて、これが一過性のものではなく、これからも起こる可能性のある周期性をもったものであることがわかった。そうすれば、一週間後にまた同じ症状が現われるかも知れない。目のどこかに異常がおこり、そこがこの視野欠損の症状として現われてくるに違いない。それでは、いったいどんな病気なのだろう。
 その夜、家に帰ってから初めてこれを妻に打ちあけた。
「そう。悪い病気でないといいけど。わたしの知っている人で緑内障になった人がいるけど、その人ははじめ視野がせまくなったといっていたわ。あなたもそんな病気でないといいけど。一度眼科の先生に診てもらったらいいわ」
「目が悪くなったら困るなあ。緑内障って手術できるんかね」
「私の友人は手術もしたけど結局右の方しか見えないらしいわ。これも放っておくと、両方ともだめになるらしいわ」
「あんまりおどかさんでくれよ。ここで失明でもしたら、どうなるんだろうなあ。とても教員なんてやっていけないだろうなあ」
「そうなったらわたし、どうしたらよいの」
「奥さんから食べさせてもらうよりしょうがないさ」
「そんなの困るわ。今から勤めてどれだけの給料をもらえると思う」
 妻におどかされて実のところ川瀬はぎくりとした。ここで失明するようにでもなったらなにより本が読めなくなり、ものを書けなくなるなと思った。書くことは今までの川瀬の唯一の生きがいであった。短い時間、石に刻みつけるようにして文を書いてきた。この机に向かうことが、彼を今まで生かしてきたといってよい。失明は、川瀬の生きがいを奪うに等しい残酷さであった。

 
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