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「欠ける視像」 | 第二小説集『紙の匂い』

欠ける視像works

欠ける視像 5

 脳腫瘍というとき、川瀬にまっさきに思い出されるのは、四十五歳で死んだ雑誌の同人のM氏のことであった。四十歳を越えて同人になった氏は、一作ごとにめざましい作品を寄せて同人達を驚かせた。そのM氏が、同人になって二年足らずのうちに、原因不明の病気で入院することになった。はじめは、手足のしびれを訴えていたが、その後目もかすむようになり、言葉も不自由になって来た。病院で読むために買ったおびただしい書物も、ほとんど読めなくなった。はじめは、ノートに病床日記を書いていたが、それも書けなくなり、言葉も話せなくなった氏は、ベッドの壁にはった五十音図を順々に指さすことでしか、意志を伝えることができなくなったという。はじめは、脳血栓の診断もあったが、脳の深いところに腫瘍があるのがわかったのは、いろいろな検査をして入院してから二ヵ月後であった。脳橋部というところは、脳と脊髄がつながる場所にあたり、手術不可能のところだったという。十ヵ月の入院生活の後、意識だけは最後まではっきりしていて、わずか四十五歳でなくなった。生前、川瀬は、一度も病気を見舞う機会がなく、死後、M氏の遺宅を訪ねた。子供のような文字で、マジックインキを使って、「フトンをあげてくれ」「タンを出したい」とノートに書かれていた。最後の方は、ついに落書きのように判読できぬ文字となり、それを川瀬は悲痛な気持ちで眺めた。書斎には、入院する前まで書いていた書きかけの創作ノートがあり、その作品は、氏の死によって永遠に書き継がれぬままとなった。死は、人間の持つあらゆるものを残酷にひきちぎってゆく。愛情も理想も訴えも、肉体の滅亡は、それに付随する精神も滅亡させる。M氏が、未完成のまま残した作品は、書き出しの部分だけで、全貌をうかがうことはできない。M氏は、この作品を通して何を描きたかったのであろう。幽冥界を異にしてしまった今、それを氏に尋ねるべくもない。文章は、日常接しでいる表面的なものだけでなく、人間の精神の深部を白日のもとにさらす。それだけに起居をともにしている家族の人達よりも、同人達は、もっと精神の奥深いドロドロしたところを知らされている。同人の死は、大きなショックを仲間達に与える。
 川瀬の病気が、このM氏と同じ脳腫瘍であるとしたら、確実に氏と同じ運命をたどる結果となる。そういえば、回復の見込のないまま、大学病院から、M氏が移送されて来たのも、このN病院であった。M氏が、この病院でなくなったのは、三年前の十一月であった。もし、川瀬も、同じ病気で死ぬとしたら、M氏と同じ病院でいったいあと何年後になるのであろう。それどころかこれから症状がすすんで一年ももたないかも知れない。
 死ということを考える時、川瀬には、もう一人の人物が浮かぶ。去年十一月に八十八歳で死んだ妻の祖父の姿だった。そのころ、川瀬は、妻の実家に同居していたので、その死をつぶさに見ることができた。川瀬の祖父が死んだのは、彼の小学校四年の時であったから、身近の人の死は、それ以来のことであった。一月ほど前から食事の量がめっきり減り、死の十日くらいは、水だけしか受けつけなかった。手足は枯木のようにやせ細り、便所にも行けぬ、寝たきりの生活となった。それでも、死の前日まで意識ははっきりしており、死を予期して看病してくれた妻の母に礼をのべ、葬儀の心配までしていた。
 臨終の時は、家族みんなに見守られ、時間をおいて大きく二三度深呼吸をくり返したあと、ふっと息を引き取った。どこといって苦しむこともなく、眠るような安らかな死であった。世間的には、一人の老農夫の死としか見られないであろう。村や町のどこにも見る老人の死にすぎない。しかし、八十八年の身体の中には、苦しみ、悩み、怒り、喜びといったさまざまな感情がぎっしりとつめこまれ、行動や言葉や思想や性質が刻みこまれているはずであった。生命をもった一人の人間としてのどっしりとした重みは、その死とともに煙のように消え去せてゆくのであろうか。死亡診断書に書かれた「老衰」の二字をやり切れない気持ちでながめた。一つの生命が、この地上から消えてゆくことの重みが、世間にはわからないのではあるまいか。人間が、一つの生物体として、この世に存在している限り、永遠の生命などありうるはずがない。子供のころ川瀬は、文明がこのまま発達し続けてゆく限り、将来は、死から逃れる薬ができ、死の恐怖を味わうことなく永遠に生き続けうるかも知れないと思っていた。しかし、それはたわいない空想にすぎなかった。新しい生命が生まれ、古い生命が消えさりつつ、世代が続いてゆくのが生物体としての人間の運命なのだ。
 現代の繁栄社会の中で、人々は死を遠ざけつつ生きていこうとしているのではあるまいか。華やかで幸福に満ちあふれた人々の生活の中で、死は、現代人ののぞき見る目のくらむような恐ろしい深淵である。人々は、その時その時における一瞬の快楽や陶酔の中で、そのすいこまれるような深淵のふちから目をそむけようとする。けれども、人々が意識の中から死を遠ざけようとしても、死は一瞬たりともその魔手をゆるめようとしない。老いも若きも、愛するものも憎むものも、等しく死に向かって確実につき進んでいるのだ。幸いなことに、人々は死神と隣り合わせていても、それを見ることができない。死の運命が明日に迫っていても、まだ生き続けうると思っている。しかし、なにかの拍子に自分の死を悟り、おそろしい深淵をのぞき見た人たちは、いったいどう生きていったらいいのであろう。死刑を宣告された人がそうであり、ガンにとりつかれた人がそうである。M氏は、病院に入院していて、自らの死を予期していたのであろうか。意志を表現する手段を奪われてしまった氏は、とうとうそれを表現しなかった。妻の祖父は、家族のものたちにお礼の言葉を述べて死んだ。川瀬は、またその死の深淵にのぞんだとき、どう生きたらいいのであろう。
 妻の祖父の死のあと、集まった村人達から川瀬は、奇妙なお経の文句を聞いた。

 夫、人間ノ浮生ナル相ヲツラ\/観ズルニ、オホヨソハカナキモノハ、コノ世ノ始中終(シチュウジュウ)マボロシノゴトクナル一期ナリ。サレバ、イマダ万歳(マンザイ)ノ人身ヲウケタリトイフ事ヲキカズ。 一生スギヤスシ。イマニイタリテ、タレカ百年の形体(ギョウタイ)ヲタモツベキヤ。我ヤサキ、人ヤサキ、ケフトモシラズ、アストモシラズ、ヲクレサキダツ人ハ、モトノシズク、スエノ露ヨリモシゲシトイヘリ。サレバ、朝ニハ紅顔アリテ、夕ニハ白骨トナレル身ナリ。スデニ無常ノ風キタリヌレバ、スナハチ二タツノマナコタチマチニトヂ、ヒトツノイキナガクタエヌレバ、紅顔ムナシク変ジテ、桃李ノヨソホヒヲウシナヒヌルトキハ、六親春属(ロクシンケングク)アツマリテ、ナゲキカナシメドモ、更ニソノ甲斐アルベカラズ。サテシモアルベキ事ナラネバトテ、野外ニヲクリテ、夜半(ヨハ)ノケブリトナシハテヌレバ、タゞ白骨ノミゾコレリ。アハレトイフモ中\/ヲロカナリ。サレバ、人間ノハカナキ事ハ、老少不定ノサカヒナレバ、タレノ人モ、ハヤク後生ノ一大事ヲ心ニカケテ、阿弥陀仏(アミダブチ)ヲフカクタノミマイラセテ、念仏マウスベキモノナリ。アナカシコ\/。

 これが、浄土真宗の檀徒達が一番好んで唱える部分で、村人たちは死者の霊前に共同で唱和して手向ける。これは、死者の供養というより、今生きている人達への訴えに他ならない。これが、蓮如の「御文」の一節であることは、後になってわかった。この中で蓮如は、人間の生命のはかなさを徹底的に強調する。気まぐれの死は、愛情も理想も無情におしつぶし、強引に奪ってゆく。いくら家族や恋人が悲しんでもよび戻すすべもない。かつての人達は、生命のはかなさを感じ、死と直面した人たちは、ひたすら念仏を唱えて、弥陀の大いなる慈悲にすがって安らかな死を迎えようとした。川瀬は思う。かつての人たちは、伝染病があり、飢餓があり、自然の災害があって、常に死と隣り合わせで生きていた。死は、現在の人々が感じるよりももっと身近なものであったであろう。現代は、死は人々の意識からあまりに遠く、どこか自分には関係のない人ごとのように考えられている。だから、死に対しては全く無防備である。死と直面している人たちは、現代社会の絶海の孤島である。現代のすすんだ医学からも見放され、確固たる信仰ももたないとしたら、人々はなににすがって安らかな死を迎えればよいのであろうか。人々がそれぞれ自分の生をおう歌している時、死と直面している人たちは常に孤独で、同じ文明社会の中にいながら、だれひとり手をさしのべてくれるものはいない。おそらく、この世で自分が一番やりたいことをすべてやって、死から少しでも遠ざかり、一瞬の歓喜に身をゆだねようとするだろう。すばらしい恋愛がいいか、食べたいものをなんでも食べるか、思いきり遊び歩くがいいか、性の悦楽に酔いしれるか、どれも一瞬は、死を忘れさせてくれるだろう。しかし、どんな歓喜も死の直前まで続いてくれない。恋人と別れる時、遊びから家へ帰る時、性の交歓がおわって体を離す時、忘れでいた死の影が、前より一層大きく意識の中に広がってゆくだろう。川瀬は、そんな時、M氏の病床メモのことを思い出した。幼児の落書きのような文字にならない文字を書き連ねてM氏は死へ向かって歩き続けた。
 三十七歳になったばかりの川瀬は、これからやりたいことはいっぱいあった。しかし、それでもなお、死とむかいあってしまうとすれば、それもしかたないことだと思う。死は恐ろしいが、それもまたしかたがない。今の自分にできることは、自分の思想を克明に文章に残すことしかない。それは川瀬が長い間思い悩んだ末の唯一の到達点であった。この時になって、川瀬は文章に親しんできたことをありがたいと思った。これからは、手先が動く限り書き続けようと思った。これから書くものこそほんとうの遺書であった。文章は、川瀬が短い生涯を終えたあとも、彼の分身となって、永遠の生命を燃焼し続けてくれるであろう。

 
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