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「紙の匂い」 | 第二小説集『紙の匂い』

紙の匂いworks

紙の匂い 2

 大国紙は、沖津にとって、小さい時から親しいものであった。毎年、正月前になると、野地の紙売爺さんが沖津の家にもやってきた。楮の皮で束ねた紙を風呂敷に包んで、やってきた。どこの家でも、その障子を張り変えて正月を迎えるのであった。一年中の煤で黒ずんだ障子が、すき通るような白い障子にかわるとき、正月がほんとうにやってくるという気になった。大国紙は、純白というのではなく、どことなく黄味を帯びて、その紙には独得の強い匂いをもっていた。それが、糞の匂いに似ていたせいか、子供のころ鼻におしあてては
「あっぱくせい」
といいあったものだった。
 大国和紙が、楮の皮から作られることは知っていたが、桑の木に似た楮の木の皮から、似ても似つかぬこのような紙がどのようにして作れるのか、子供のころの沖津には、とても考えられぬ一種の魔法としか思えなかった。
「野地ばかりじゃないぞえ、このあたりでも紙漉きをしていた家はたくさんあった。お前のじいさまは、紙漉簀の簀編みもやった。この紙簀が、紙漉きの中でどんなに大事なものか、お前は知るめい。紙簀は、山にいって茅の穂先の細いのばかりを集めてきて、それを同じ大きさのものを並べて、馬の尾の毛で編んだものだ。茅が細ければいい紙が漉けるし、編み糸も細い方がよい。長く漉いていると垢がつくから、編み直しもせにゃならん。紙簀のよい悪いがその紙のよい悪いをきめるといってもよい。だから簀編みは、根気がいって神経の疲れる仕事だった。お前のじいさまはそりゃあ手先の器用な発明な人だった」
 沖津は、母親からよくこういう話を聞かされた。その紙簀をどのように使うのか、沖津は橋本家にいったとき、はじめて自分の目で見ることができた。
 橋本家で紙漉きの実際を見てから、沖津はつとめて和紙の本をよみあさった。紙が、中国後漢の頃の蔡倫の発明のことは広く知られているが、この抄造技術は早くから日本にわたり、山野に自生する楮の皮をもって、日本独得の美しく丈夫な和紙の抄造を行なうようになった。日本人はいつのころか、この紙を作るに、植物の粘液を加えて、薄くて、色つやの美しい紙をつくり出す流し漉きという方法を身につけるようになった。この粘液には月見草に似た可憐な花をつけるトロロアオイの根をつぶして使用した。この日本の紙に注目したのが、江戸時代に日本にやってきたヨーロッパ人であった。元禄年間、日本にやってきたドイツ人博物学者ケンペルは、その著書『日本誌』の中で、和紙について詳しく述べた。ケンペルはこの中でトロロアオイのスケッチさえのせている。そのころ、リンネル屑や綿屑で紙を漉いていたヨーロッパ人は楮を主とした木の皮を漉き上げる美しく丈夫な日本の紙に驚かされた。幕末から明治にかけて、ようやく日本の紙の存在が、ヨーロッパに知られるようになってきた。しかし、その日本では、明治六年に、王子製紙会社の王子工場に、はじめてパルプを利用した機械製紙が開始されるや、たちまち機械工場が一世を風靡していった。その影響をうけて、和紙製造家の中にも、パルプを混入させて改良することを考えるようになった。
ある本の著者は、それを次のような一文で結んでいた。

 ヘドロで田子の浦を汚染しつくすまでパルプ工業が巨大化した今日、これら製紙所の創設は、祝福と咒咀の、どちらの最初のページとなるか、のちに来る史家の裁定に待つよりほかはないが、醇美を生命とする手漉和紙の血脈相承をたっとぶ者の目から見れば、抄紙の機械化は、手漉和紙界の平安を少なからず乱しただけでなく、その汚れのない伝統に、不純な夾雑物をもちこむ不遜すらあえておかした。それは、土佐の吉井源太のように有能な手漉抄紙家でさえ、明治二十年代に流行したいわゆる「改良熱」に浮かされ、必要以上に抄紙法の改良――実は改悪――を企てている事実からも推測される。この明治以後における和紙の衰微もしくは堕落の歴史も、つきとめられねばならない和紙の旅の横みちの一つであるが、年老いて、荒廃の八重むぐらを掻きわけるのにわたしはたえがたい
                     (寿岳文章『和紙の旅』)

 沖津は、この老学者の文章をかみしめながら、そこに深い嘆息を読みとった。この著者は、昭和十二年から十五年までの間に、日本全土の紙漉村を歴訪し、和紙研究の古典的名著となった『紙漉村旅日記』を刊行した。それからすでに三十余年を経過し、紙漉村は、潮が引くように、一時に日本地図の上から消えていった。かつて、八十軒の戸数を数えた野地部落のほとんどが紙を漉いていたのに、今は、その半分の戸数となり、この橋本家が唯一の紙漉きであった。しかも、それも主人の出稼ぎのあとを守るトミとリタという嫁姑の手によって、細々と抄造されているにすぎない。この二人の女性の双肩に、三百年も続いている大国和紙の重たい運命がのしかかっていることを思った。

 
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