本文へスキップ

「川の季節」 | 第二小説集『紙の匂い』

川の季節works

川の季節 2

 あの日――二十年前の七月二十二日、保が川で死んだ日のことは、五人の脳裏にあざやかに残っているはずだ。七月の焼けるような太陽に照らされて焼けつくような川原の砂や青い水が大きく澱んでいたあの深い淵、川原に引きあげられた保の白い手足。それは忘れようにも忘れられない鮮烈な記憶であった。
 まいがら水泳場は、栗ノ木沢部落から、青田の細いあぜ道を何回もまがって、ようやくたどりつくところにあった。夏休みが近づいて、学校が午前中になると、村の子供達は、昼飯もそこそこに、つれだって青田の海を泳ぐようにして川へ行った。小学三年から、中学生まで、群をなして、川へ泳ぎにいった。
 まいがら水泳場、ここは、川が大きく岩にそって蛇行して、深い淵をつくっている絶好の水泳場であった。大きくうねっている淵の入口と出口には、両手のようにつき出た岩があって、その内側は、青く澄んだ深い淵で、岩と岩の間を泳ぐことが、一つの目標ともなっていた。深いところは、十メートルもあったのだろうか。一番深いところにもぐって、底の石をひろうことを競争した。よほど息の長い者でないと石を拾うことは、むずかしかった。淵の中で泳ぐには、自信のある中学生でないとゆるされなかった。六年生になると、両側を中学の上級生に守られながら、この岩と岩の間を横断させられる。それを泳ぎ切ることが、泳力試験であり、この試験に合格した者でないとこの場所で泳ぐことはゆるされなかった。小学生は、この淵の入口左手の岩の手前の深みで泳いだ。川が瀬になっていて、この流れにのって、泳ぐのもまた楽しみのひとつであった。川には、休む岩があり、瀬があり、淵があり、川原には砂があった。
 水は青く澄んで、川原の砂は、焼けるように熱かった。唇が紫色になるまで泳ぐと、砂の上に腹ばいになって横たわった。砂の上に体の滴がおちると、黒い砂の玉となった。体の上にかけた砂は、体がかわいてくるとパラパラとすべりおちて、その下に赤銅色の肌があらわれた。中学生のませた子供は、砂に女の性器の絵を描いて、その上に腹ばいになった。まわりにみていた子は、それを見つけてはやしたてた。
「それはスミコだろう」
「いや、スミコはそんなに大きくない、マサエだろう」
 次々に同じ村の女の子の名前があがった。
「ウワー、いいキモチだ」
と本人は、平気なものである。
 泳いでいると、上流から時々黄色い排泄物がプカプカ流れてくることもあった。これを上流で泳いでいたものが目ざとく見つけると
「オーイ ゴッツオがきたぞー」
とみんなに知らせる。この声を合図に、泳いでいたものたちはいっせいに岩の上にあがる。
「ウワー デッヵイゴッツオだ」
とみんなが叫ぶのを尻目に、そのごちそうは、淵の中にできている大きな渦巻の中にはいって、何回もゆっくりまわってから下流へむかって流れてゆく。
 時には、くまんばちのような大きなあぶがやってくることがある。人間の汗の匂いを敏感にかぎとってどこからともなくやってくる。みんなは、すると一斉に水にもぐる。あぶは、一番息が短く、水から早く顔を出したものの裸にとまる。うっかりしていると、ちくりとさされてはれあがる。平手でたたきおとすと、あぶは羽根を広げたまま、川に落ちて流れてゆく。
「ざまみろ」
と子供たちに快心の叫びをあびせられながら。
 その日――まいがら水泳場は、紘一たちの中学二年のものが中心となって泳いでいた。その淵の中で泳いでいたらよかったのに、淵の外側の岩かげで泳いでいた。だれひとり、小学生の泳ぎを見ているものはいなかった。いつもの時なら、小学生の近くで泳いでいて危険な場所に入ろうとする小学生に注意を与えていたのに、この日は、だれひとり、小学生のそばについていた中学生はなかった。
 泳きはじめて、三十分くらいしただろうか。
「おぼれたぞう」
という声をかすかに聞いたような気がした。二度目の声にはっとして、みんながはじかれたようにして顔をあげた。水の上にすっくとのびた一本の手が、まいがら水泳場の淵へ沈んでゆくところであった。その手は、すぐとびこんだ魚とりの青年によってひっぱりあげられた。もう一人、小学六年の保が淵に沈んだというのだ。別のところで泳いでいた中学生は、保の沈むのをみたものはだれもいなかった。沈んでしまえば、もうどうしようもない。
「どうしよう」
 一瞬、みんなは顔をあわせた。だれかが大声で叫び出した。田んぼにいた大人たちが三人あわててかけつけてきた。水の中にとびこんでも、深いところへ沈んだ保を捜すことはできなかった。
「おい、部落へ知らせて来い」
 だれかが、そういった。小学生が五六人、学校と部落へ知らせるために走った。
「下流にたって、保が流れてこないかどうか見張りしよう」
 そういったのは、正夫だった。その声に、力なく草原に腰おろしていた同級生たちは、この声にはじかれたように立ちあがった。中学校で、クラスの学級委員をしている紘一は、おびえるばかりで、ぶるぶるふるえながら、ようやく立ちあがって、なまあたたかい水の中にじゃぶじゃぶはいっていった。みんなは川の浅い所を横切って、下流の岩のつき出たあたりで、川の中に立った。水は、腰のあたりしかない。水の中を見ていると、今にも保の白い体が、その水の中にすっとあらわれで、みんなの足のあたりにからみつくのではないかと恐れた。部落や学校の先生たちがやってくるのが、気の遠くなるような長い時間に思えた。岸には、保のぬいだズボンとシャツだけが残った。保は淵の底に沈んだというが、どこかの草むらの中に小便しにいったのではないか。保は、水の中からあらわれるのではなくて、草むらの中から
「おれは、ここにいるぞ」
と声をあげてとび出してくるのではないか。
「保はほんとに淵へ沈んでしまったのだろうか」
「おら、うそのような気がする」
 俊夫と紘一は、こういいながら、寒くもないのに、小刻みに川の中で震えていた。
 まもなく、村の人や先生たちがやってきた。紘一には、それが影絵を見ているような気がした。
何人かの人たちが淵にはいり、投網を打ち、川舟が出たりした。
 保の白いすき透るような体が、川舟に載せられて焼けた砂の上に引きあげられたのは、沈んでからもう三十分もたった頃だろうか。紘一の見た初めての死体であった。血の通わない皮膚の白さに驚いた。かわいた砂よりも白い体は、村の人に抱きかかえられて、手足は枯草のように垂れさがったままだった。砂浜に毛布が敷かれ、人工呼吸が始まった。一・二・三、一・二・三……眠くなるような声がここまで聞こえてきた。
「助かるだろうか」
「もうだめだろうな」
 同級生たちは、ひそひそとうわさしあった。川原に夕暮れがせまり、子供たちは促されて重い足どりで家へもどった。帰り道、だれということなく
「おれたちが、別のところへいたことはだまっていようや」
ということになった。紘一もうなずいた。中学生さえだまっていたら、だれもそれをいわないだろう。保は、小学校六年で死んだ。
 保が溺れ死んでから、村の人のうわさは
「保は人がいってはならぬというところへいった」
ということになっていた。保といっしょにおぼれた敏樹と一緒に二人は危険な淵の左手の岩の上で、ボールを追って遊んでいたらしい。
「死んだ保に気の毒だが、人の注意を聞かなかったのだから仕方ない」
と人々はうわさしあった。だれも、小学生だけを勝手に泳がせて、中学生はそこから見えないところで泳いでいたというものはいなかった。紘一たちの気持は、ますます重くなるばかりだった。しかし、だれ一人それをいい出すものはいなかった。

 
 > 2 >