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「川の季節」 | 第二小説集『紙の匂い』

川の季節works

川の季節 3

「あの時、おれたちがもっと小学生の面倒を見ていたら、保は死なないで済んだんだ」
 紘一がいう。紘一は、もう頭がくらくらするほど酔っていた。
「いやいや、それはいえないだろう。おれたちが、あそこにいて、助けることができたんか」
「そうなんだ。溺れてしまえば、どうすることもできないのさ」
 克志がむきになって反論した。
「でも、あぶないところで遊ぶなと声かけることはできたはずだ」
「同じことばかりくりかえすな。おれたち中学生にどれだけの指導力があったというんだい。お前だって、中学の先生やっているからわかるだろう。遊びたい盛りの年頃なんだぜ。学校や親の責任さ。今は、プールで泳ぐのさえ、ちゃんと監視の大人がいるだろう。今ごろになって、どうしていいだすんだい」
「おれたちは、あの時、ちゃんというべきだったんだ。中学生は、別の場所で泳いでいたということをな。それで保の霊も浮かぶというものでないのか」
「もうそんな話はほんとにやめにしようや。なんだか酒がまずくなってきた」
「二十年も昔の話をこんなときにもち出すのが悪いのさ。保の霊のために、今夜は、大いに飲もうや」
「だいたい紘一は、昔から、小さいことにくよくよして、こんなときにこんな話を持ち出すんだからいやそォ」
 俊夫は、そういって、さかづきについだ酒をゆかたの上に半分以上もこぼしながら、やっと口元へ運んでいった。そして、さしみについた細く切った大根に醤油をたっぷりつけて、その醤油をあごの下にまでたらしながら、パリパリとかんだ。紘一はだまった。しきりに酒が飲みたいと思った。
 酒を飲み尽くして、五人は、つれだって宿のゆかたをきて、げたをつっかけで外へ出た。近くのストリップ劇場にゆくことに決まった。五人は肩をくんでよろよろと歩いた。赤い広告灯の下の狭い入口には、旅館の焼き印を入れたゲタがごったがえしていた。入るとすぐ、克志がすわっている人たちをかきわけるようにして、一番前まですすんでゆく。「どうもすみません」とていねいにわびながら、みんなもぞろぞろとそのあとについた。五人は、たちまち、一番前の、舞台が中央にせり出したところへ陣どった。そこは、踊り子たちを下から見上げるような場所であった。観客席のライトが消えて、赤いスポットライトが、踊り子を照らす。ゆるやかな音楽といっしょに、踊り子が、手足を動かしながら、次々と着ているものを脱いでゆく。帯のはしを、前にいる観客にあずけて、解いてもらう。
「早くぬげ」
 観客の中から声がかかった。舞台の踊り子が
「スケベエね」
と応酬すると、一同どっと笑いがおこった。酔った客が急に帯を引っぱったのか
「急に引っぱると痛いわよ」
とすかさず踊り子がいう。また笑いがおこる。スピーカーが、音楽の間をぬって
「踊り子には手をふれないで下さい」
とくりかえしている。踊り子が、最後のパンティを脱いで、幕の奥に投げこむと、舞台の上にあぐらをかくようにすわりこむ。すると前にすわっている観客が、いっせいにたちあがる。踊り子は、陰部を手でこするような動作をして、その手で前のはげあがったおじさんの頭をなでてやる。また笑いがおこる。踊り子たちは、紘一たちの前にきて、小さい声で
「好きそうな顔をしているわね」
という。五人はにやにやしているだけで、ことばもない。
 五人は、踊り子にからかわれて、てれくさそうに笑っているだけだ。紘一は、目をそらして、同級生をぬすみ見た。俊夫は、前の髪が思いがけなくうすくなっている。克志は、下腹がつき出ていて、すわっていると苦しそうだ。そこには思いがけない年齢があった。
「今ごろ保が生きていたらどうしたろう」
 克志がぼそりといった。
「俺たちと同じようにニヤニヤして見ているさ」
 俊夫がいった。
「それはそうさ」
 正夫がいった。紘一はだまっていた。ライトが消え、音楽が大きくなって、ショーはおわった。
みんなは一斉に立ちあがって自分の泊っている旅館のゲタをさがした。

 
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