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「船頭亀吉」 | 第二小説集『紙の匂い』

船頭亀吉works

船頭亀吉 2

 大正七年の冬の夜、亀吉の家の戸が激しく叩かれた。こたつでまどろんでいた母トシがあわてて戸をあけると、外の吹雪が、さっと吹きこんできた。外には、全身雪だらけの喜兵衛の兄様(あんさま)が息せき切って立っていた。
「こんげおそくなって、悪いんだども、船を出してもらえないかの。爺さまが、腹がいたいといって、大へんな苦しみようで、医者から診てもらおうと思って」
 兄様(あんさま)は早口にまくしたてた。普通渡しは日の出から日没までである。日没後は船頭は自分の家に帰る。しかし、こうした緊急の場合は特別である。
「それは心配だのう。うちのつあは、神経痛が痛むといって、きのうから寝たきりでのし。隣の富吉さんどこへいってたのんでみるすけ」
 トシは、悪そうに答えて、足にワラグツをつっかけ、頭からすっぽりゴザ帽子をかぶって外へ出ていった。富吉もこの渡しの船頭で亀吉の父国松と交代でこの渡しをやっていた。まもなく、トシがバタバタとかけてきた。
「富吉さんは、どこにいっているかわからねえでがの。あの人も酒が好きで、おおかた酒を飲んで酔払っているんだろうて。こまったのう。こまったのう」
 トシは、兄様(あんさま)の前でおろおろするばかりだ。国松と富吉の他、この姿渡しの船を動かせる人はいないから、トシがおろおろするのも無理のないことだった。そうかといって、隣の滝ノ渡しや城之古(たてのこし)の渡しにはこの雪の中とてもゆけるものではない。亀吉は、家の中でこのやりとりを聞いていて気が気でなかった。この時十三歳の亀吉は、小学校の六年であったが、国松といっしょに何度か川を往復して、船の動かし方も知っていた。父の船頭としての仕事ぶりを見ていて、亀吉もすでに船頭の責任の重さのようなものを子供ながらに持っていた。亀吉は玄関にとび出すと
「つあ、そんならおれが船を出すぜ」
といった。いたずらして、船を動かしたことはあっても、まだ船頭としで正式に人を乗せて運んだことはない。不安もないわけではないが、それよりもこの危機を救うのは自分だという気負いのようなものが強かった。
「亀、おめえひとりで大丈夫かや」
 トシが心配そうに聞く。
「心配いらんて、おらたってもう子供じゃねえんだすけ」
 亀吉はこう答えると気力が全身にみなぎった。
「わるいですの。たのみますて、爺さまの命を助けると思って」
喜兵衛の兄様(あんさま)は亀吉の前に深々と頭をさげた。亀吉のとろりとした眠気は一気に吹きとんだ。父のように、笠の緒をきりりと結び、蓑をつけた。足は、長ぐつ状に藁でつくったスッポンである。まず、船のところまでの道踏みが先決である。夕方父といっしょに帰ってきてから積もった雪は、もう膝の深さまである。船の上にも同じ高さの雪が積もっている。この雪をコスキでおとす。船をつないであるカシとよばれる綱を解く。喜兵衛の兄様(あんさま)を中のフナバリにすわらせて、大綱の雪をおとした。フナバリとは船の両方の舷をむすぶ梁のことである。この綱をしっかりおさえて引くと船がぐぐっと動いて岸を離れた。いわゆる綱越しである。亀吉は、腕の高さの大綱を手袋をはめた手でぐいぐいと繰ってくる。兄様(あんさま)の持つ提灯のあかりでドロドロした夜の川面を映す。あとはどこもかしこも冬の夜の闇である。手袋をしていても、冷たさが手先にしみこんで、手の感覚がなくなってしまう。しかしこの手を離すと、船は夜の川面をあてどなく流されるから、手を離すわけにはいかない。川下の方から吹いてくる風が、蓑の下から体の中に入りこんで、全身が凍るような冷たさである。ようやく、船が新宮側にくると、兄様(あんさま)は、船から降りて礼をいった。医者は近くの土市に住んでいた。
「おかげさまで助かりました。すぐ先生を呼んできますすけ」
 兄様(あんさま)は、雪の積もった坂道をすっぽんすっぽんと大股に登っていった。
 亀吉は、また船を引き返す。すぐ兄様(あんさま)が医者をつれてくるはずだが、こんなところに一刻もじっとしていると凍えてしまいそうだ。家にもどって、雪を払うと、仕度をつけたまま炉端に腰をおろした。しかし、蓑についた雪のしずくが、おち切らぬ間に「オーイ、オーイ」と対岸で呼ぶ声がする。オーイ、オーイは対岸から船頭を呼ぶ合図である。この声は姿の村中にきこえたから、船頭はゆっくりしていられなかった。オーイオーイがいつまでも聞こえていると、村の人たちは、船頭は何を怠けているのだろうと思うからだった。亀吉は、はじかれたように外へとび出した。向う岸の闇の中に、黒々とした人の影が見える。家で苦しんでいる喜兵衛の爺さまはどうしただろう。亀吉は必死で綱を繰った。手が凍えたなどいってはいられない。吹雪の夜の渡し船の上に三人の人影が浮かんだ。ひとりは、ことし十三歳になったばかりの若い船頭亀吉、あとひとりは、家に急病で苦しんでいる父親を心配しでいる喜兵衛の兄様(あんさま)、そしてそれを診るために寝ているところをおこされた医者であった。それぞれ異なる三人の運命を渡し船が運んでいた。
 医者と兄様(あんさま)をおくり、船にたまった雪を掻き出す。こんどは少し長い時間がかかった。もう一度渡し場までの道も踏み直した。再び喜兵衛の兄様(あんさま)が診察のおわった医者をつれて来たのは、しばらくしてからであった。
「爺さまもやっとおちついてのう、これもみんな亀吉のおかげだて。亀吉もたいしたもんじゃ。これで国松さんもりっぱなあとつぎが出来たというもんだろう」
 兄様(あんさま)はこんど少し能弁になっていた。これも爺さまの体が楽になったせいだろう。亀吉には、医者よりも自分の方によけい礼をいわれているようでてれくさかった。医者と一緒に船にのりこんで、兄様(あんさま)は薬もらいにゆく。医者を迎えにいってもどり、医者を乗せてもどり、帰る医者を乗せてもどり、薬もらいにいった兄様(あんさま)を迎えにゆき、この日の亀吉は、新宮との間を都合四回往復した。ようやく四回目の船を終ってカシをとって船を繋ぎおわると、亀吉は大きな仕事をなしおえたと思った。
「きょうは亀吉のおかげで、爺さまの命を助けてもらったようなもんじゃ」
 喜兵衛の兄様(あんさま)のことばが、何回も頭の中を往復していた。代々船頭として、この渡し場で生きてきた亀吉の家は、生活が苦しかった。村々から渡し賃として集める年一回のツナギ米と、それ以外の人からもらう渡し賃を船頭の家二軒で分ける。他に一反とすこしの田をもっているばかりで、百姓をしている家のように米や野菜が自由にはできなかった。すべて人からのもらいものである。しかし、亀吉は、自分よりずっと上の喜兵衛の兄様(あんさま)から心のこもったお礼をいわれて、はじめてこの仕事のもつ崇高さに気づいた。どんなに金持ちの旦那であっても、幅をきかしている土地の顔役であっても、金や地位だけで川は渡れない。みんなこの船頭の技術に自分の命を託して渡る。この船に乗っているときは、村長も寺の坊さんも、学校の校長先生も、みんなが船頭に身をゆだねているのだ。
「世の中にはなあ、金だとか地位だとかに全く縁のない人でも、ちゃんと人の役に立つ仕事があるんだ。船頭は、人にはばかにされているが、これほど大事な人はまたとない。仕事というものは、金や地位で決めるもんじゃない。どれだけ人に役立っているかで決めるもんじゃ」
 船に乗っているとき、国松はいつもこういっていた。祖父も父も亀吉の家では船頭であった。亀吉もまた父のあとをついで船頭になるだろう。亀吉は、船頭になることになんのためらいもなかった。仕度をかえて、家へはいったのはもう夜中の二時すぎだった。しかし疲れはなかった。おれでも人の役に立てたのだという喜びがあった。すすんで船頭になろうと思った。
 翌年、亀吉は高等科にすすんだが、国松のリューマチは悪くなるばかりだった。足の関節の痛みを訴えて、床につく日が多かった。病気の父にかわって、亀吉は当然のように船頭になった。そのために、はいったばかりの高等科を中退した。十五歳の若い船頭の誕生であった。

 
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