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「船頭亀吉」 | 第二小説集『紙の匂い』

船頭亀吉works

船頭亀吉 3

 大正十年四月、春の眠くなるような暖かい日だった。川は、雪どけ水を集めてごうごうと音をたてて流れていた。朝から春先特有のたつみ風とよばれる風が、姿側から東南にある大田島方向に吹いていた。赤濁りの雪どけ水は、大きく波うって船をゆすり、渡し船にはいやな季節であった。父国松も体の調子のいいときは、亀吉といっしょに船にのってくれた。とくに春先の水の多い時は、艫にいて、櫂をにぎってくれないと危険だった。このころ姿渡しにも新しい鉄索越しがとり入れられて、亀吉は舳にいて、櫂を水の中に入れて、船を動かしていた。
 昼近い時間、客を新宮側におろして、対岸を見ると、黒い煙がもくもくとのぼっているのが見えた。しかも、それは、亀吉のすぐ隣の太助の家であった。
「火事だ!」
 亀吉と国松が、ほとんど同時に大きな声をあげた。まだ姿の村の人も気づかないらしく、村全体が静まっているところへ、黒い煙だけが無気味だった。ようやく、あたりがさわがしくなった。人人があわただしく走る姿やなにか叫ぶような声もきこえた。ようやく半鐘が鳴り出した。亀吉は一瞬、どうしようかと思った。
「つあ、こらあ大へんだぜ。家まで火がうつってしまうて」
 亀吉の声は震えていた。
「ばか、おらたちがあわてて家にいったら、この渡しはどうなる。姿の消防団くらいではどうにもなんねえ、土市や新宮や大田島の消防団は、川を渡れずみすみす火事を大きくするばかりだ」
 国松の声もさすがに震えていた。この風じゃいつ亀吉の家に火がうつるかわからない。亀吉は、この瞬間に、もう船頭としての仕事を忘れてしまっていたのだ。太助の家の火が大きくなって、まさに亀吉の家に火がうつりそうである。煙は、風にのって、川の上一面をおおった。渡し場に新宮や土市の消防団がポンプをもってかけつけてきた。それをまず船につみこむと、亀吉は、川の中に漕ぎ出した。気ばかりせって、船はのろのろといっこうにすすまない。亀吉の家は、母のトシがるすで、七十歳のばあちゃんだけである。船に乗った消防手ももう知っていた。
「亀吉、おめえも気がせくだろうけれども、おらたちがいったら何倍も働いて、出せるものはなんでも出してやるからのう」
「そうだ、そうだ元気出せよ」
 船にのった消防団の人たちは、口々に亀吉と国松を力づけていた。船を姿側につけると、消防手は、いっせいにとび出していった。亀吉は行けなかった。もう向こう岸にたくさんの消防手が待っているからである。亀吉の家の屋根に火の手があがった。ばあちゃんがタンスの引き出しをもって、おろおろしているのが見える。船の上から見ていると、ばあちゃんは、同じ引き出しを、家の前においたかと思うと、また持ち上げで脇まで運ぶ。またそこにも置かないで後の方へ持ってゆくという動作のくり返しである。亀吉はそれを見ていてはがゆいくらいである。
「あのばさもよっぽどあわててなあ」
 国松がいった。亀吉の家の火が大きくなった。川に火の粉がおちて、プスプスと音をたてた。亀吉も国松も船の上で、自分の家が燃えおちるのを見ていた。ポンプの水は火に比べるとあまりに小さすぎる。
「消防の衆、燃えているのはおら家だぜ、どうかお願いします」
 国松が船にのった人にいう、まさに涙声であった。
「気の毒にのう。おらがついているすけ元気だせや」
 またみんながいった。亀吉は、これが船頭というものの仕事なのだと思った。すぐ目の前の自分の家が燃えているのに、とんでゆくこともせず、一層自分の仕事に励まなければならぬ。交替してくれる船頭がいればかわってもらえるであろう。しかし、このとき姿渡しの船頭は、国松と亀吉親子の他はだれもいなかった。かつて、船頭は四軒でやっていたというが、その家も死に絶えたり、他へうつっていったりして二軒減り、去年酒好きだった船頭富吉も死んだ。
 火事は、太助と亀吉の家二軒を全焼してようやく鎮火した。亀吉の家からなにを運び出せたのか、確かめたかったが、行くことができなかった。消防団の人たちが船で帰りはじめたからだった。
「ほんとに気の毒にのう。おらたちもやるだけのことはしたども、何せこのところの天気続きでのう。運が悪かったというほかないこて」
 亀吉は、こう慰められると、ただお礼をいうしかない。原因は、太助の家の取灰の始末が悪かったためだという。運が悪かったでは、あきらめ切れなかった。
 亀吉と国松が、自分の家の焼跡に立ったのは、夕方になってからだった。朝まで住んでいた家は、あとかたもなく、黒い灰だけ一面にあって、狭い屋敷は、一層狭く感じられた。消防団の人たちが、焼けた柱や壁をかたづけていた。きけば、持ち出した品物は、ふとんとわずかな米くらいのものであったという。亀吉たちが家にいたら、もつといろいろと運び出せたであろう。その日から、亀吉は、近くの親戚に宿を借りることになったが、身のまわり品は、はし一ぜん、サルマタ一枚すら人から助けてもらわなければならなかった。
 その年、亀吉は一枚の賞状をうけとった。それは「消防手・亀吉」とあり「中魚沼郡貝野村大字姿出火に際し、不幸類焼の厄に遭たるは寔に同情に堪えず」と書かれてあり、金一封を添えられていた。亀吉は、消防手ではなかったが、亀吉の身に同情した村の消防団の人たちが表彰を申請してくれたものだった。この賞状が、不自由な借家ぐらしの亀吉を感激させた。村の人たちの援助によって、亀吉の家もその年、雪降り前にできあがった。

 
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