本文へスキップ

「少年の革命」 | 第二小説集『紙の匂い』

少年の革命works

少年の革命 1

          (一)

 一九七一年四月、おれは、いつになくうきうきした気持ちで、中学校の門をくぐった。この日、T中学校の始業式。少し学生服は大きめであったが、この日のために新調したものだった。真白いズックを手にさげ、頭には雪の結晶をかたどったT中学校の帽章のついた学生帽をかぶっていた。
これからどんな友達に会えるのか、どんな先生からどんなことを教えてもらうのか、おれの気持ちは、ゴムまりのようにはずんで、まだ雪の残った校庭を玄関の方へぐんぐんと歩いた。
「よし。やったるぜ」
 おれは、さっきから何度もこうつぶやいていた。中学校でこそ、今までのあらゆる気持ちをすっかり洗い流して、新しく出発するのだ。新たな決意で全身がはち切れるばかりであった。
 教室の中にいた半数の生徒は、別の小学校から来た知らない人たちであった。どの顔もみんな頭がよさそうに見えた。おとなしく、思い思いの席にすわっていた。
 担任の先生は、大原先生ということし大学を出てきたばかりの、人のよさそうな先生だった。この先生も、まだはじめてなので校内のようすが、まるでわからないようであった。おれは、この先生にすっかり同情して、わからないことを教えてやろうという気にさえなった。
 自己紹介にうつり、みんなははずかしそうにしながら、名前や趣味、出身学校を発表した。いよいよおれの番が来た。おれは落ちついて、大きな声で
「信濃小学校出身の平田岩夫といいます。趣味は、ギターを少しひきます」
 こういうと、教室のみんなは、ほうーっと感心したような声をあげた。ギターをひくなどということは、おとなの人たちのやることだったからだ。
「平田君は、ギターなんかだれに習ったの」
と先生が口をはさんだ。
「高校にいっている兄が教えてくれたんです」
 おれは得意になって答えた。
「今ころ、ギターをひけるなんて。将来どんなになるのか、おそろしいね」
と先生はいった。おれは、少し得意だった。先生と級友の注意をひいたことに満足して、自分の席にもどった。そのあとも自己紹介は続いていた。しかし、ほとんどきいていなかった。快い興奮のようなもので、顔が赤くなっているのがわかった。
 教室での話がおわり、みんなが出ていったあとも、おれは、教室に残っていた。他のクラスになった友だちサチとトメを待つためだった。同じ小学校だったし、家も近くだったので、この二人とは、小学校の時からのけんか友達といってよい。
 そこへ、ガラッと戸をあけて、担任の大原先生がはいってきたのだ。
「おや、君か。どうしたんだい」
「友だちを待っているんです」
「そうか」
 先生は、教室の中に乱雑になっていた机を整頓しはじめた。おれに声をかけずに、ひとりで、各列の机を真っすぐにそろえていった。だまって見ているわけにいかないで
「先生、おれ手伝ってやろうかい」
というと、先生は
「そうかい。すまないねえ」
といった。机の端に目の高さをもっていって机の乱れをすばやく見つけると、すぐその机のところへいって、ほんの一、二センチの狂いもないように、縦横整然と並べはじめた。
「平田君は、なかなか親切な人なんですね」
「いや、それほどでも……」
 おれは、頭をかいて、笑った。その仕事は、たちまちおわった。
「先生、じゃ、さようなら」
といって戸のところへ歩いていった。
「いやどうもありがとう。たすかったよ」
と先生がいった。外へ出ると、サチとトメが待っていた。
「どうしたんだい、おそかったじゃないか」
「うん、ちょっとね」
 おれはごまかして、三人して校門を出た。しばらく歩いたところに、菓子屋があった。サチが、その近くにくると
「うわあー。腹へったあ」
と大げさな動作でおれの方を見た。すると、トメも
「おれも」
といって、またおれの方を見た。
「ガン、おめえ、金もっていねえか」
といった。ガンとは、岩夫の岩の音よみである。おれは、その時、ノートを買ったときのおつりを六百円持っていた。ポケットの百円玉をにぎると、うそはいえない性質だった。
「うん。少しならないこともないが……」
「おらにおごれや。パンでもチョコでもいい」
 サチがいうと、すかさずトメが
「だからおら、おめえが好きそ」
と口をはさんだ。二人におだてられて、とうとう店にはいった。おれは、どうしてこう人がいいのだろう。今でもこれが、一番の欠点になっていると思うのだが。店へはいって、パンとチョコ六百円分全部買って、三人で分けて食べた。学校で、買い食いを禁止しているのは、知っていた。まさか、こんなところだれかに見つかるとは思ってもみなかった。
 翌日朝、学校で、大原先生によばれた。
「岩夫、きのう買い食いしたそうじゃないか。入学したばかりだというのに、よくないな。村田先生がよんでいるぞ」
 村田先生は、生活指導の先生で、全校朝会の時など、服のホックをはめておけ、髪をのばすな、遅刻をするなというようなことを、くどくどという先生だった。
 教務室にゆくと、サチと、トメは、村田先生の前で正座させられていた。いったいどんなことになるのだろうとおれはびくびくして先生の前にたった。
「おまえが、○組の平田岩夫か」
「はい」
「なんでこんなところへよばれたか、ちゃんとわかっているのだろうな」
「はい」
「おまえが、この二人に金を出して食べさせたそうじゃないか」
 この先生のことばにおれはびっくりした。金を出したのはたしかにおれだが、むりやり金を出させられたのだ。おれは、どう答えてよいのかわからなかった。
「ええ! 岩夫、そうじゃないのか」
 先生の声が大きくなった。教務室にいた先生たちが一勢にこちらを見た。おれは、否定しようとしたが、先生がおそろしかった。こんなことははじめてだったから、先生の勢いにのまれたような形でだまっていた。おれがだまっていることは、認めたということになってしまった。どうしておれは、気が小さいのだろう。村田先生は、買い食いの悪いことや友だちの誘惑に打ちかてというようなことを一時間近くも話した。
「いいか、おまえたち。買い食いがどんなに悪いことかわかっているだろう。中学入学早々、こんなことではこの先が思いやられる。今後注意しないといけないな。いいか」
 先生に念をおされて、三人とも「はい」といった。おれもたしかにいったのに、おれの声が小さすぎたのだろうか、先生は、また大きな声で
「岩夫、お前はどうなんだ。返事がないのは反省していないのだな。二人を自分の仲間に引き入れて、おごるなんて、もっとも卑怯なやり方だ」
 今回の事件の中心は、まるでおれがなっているようないい方だ。こんどは、完全に先生の怒りは、おれひとりにむけられていた。
「おい岩夫、だまってばかりいないで、なにかいったらどうだ。そんな目をして、なんか文句でもあんのか、ええ、どうなんだ」
「ありません。これから気をつけます」
 おれはやっとこういって、三人は教務室から解放された。三人で教室にもどろうとするとき、サチがいった。
「ガン、おまえばかり悪者にして悪かったな」
「別に……」
 おれはいった。このことがあって、おれはますます自分の気の弱さがいやになってきた。それとは反対に、おれの名前は、悪い意味で先生方に知られてしまった。

 
1 >  >  >  >  >  >  >  >  > 10 > 11