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「少年の革命」 | 第二小説集『紙の匂い』

少年の革命works

少年の革命 2

          (二)

 それから何日かたったある日の夕方、夕飯がおわったところへ、サチとトメがおれを迎えに来た。
「おい、ガン、おめえバイクに乗ってみたくないかい」
 そういうと、おれを近くのバイクのある場所へつれていった。そこには、まだ新しそうな五十CCのバイクがとめてあった。
「このバイク、どうしてみつけた」
「クズ屋から安く買ってきたんだ」
「へえ、こんなバイクがよくクズ屋にあったもんだね」
 おれは、そのことばをすっかり信用した。まず、サチが乗った。エンジンがかかった。カチャとギアを入れると、バイクはスイスイと走り出した。アクセルをふかすとスピードが出る。おれは、早くのってみたいと思った。はじめは、操作のしかたを習って、とうとうおれもバイクに乗った。
キックを一回ふむとババンとエンジンがかかった。アクセルをまわすと、スピードが出る。夜のひんやりした風をおれの肩がすいすいと切ってゆく。アスファルトの道路は快適だった。はじめは、人に見つからないように、用心しで裏の砂利道を走っていたが、そのうち気が大きくなり、夜だから見ている人もいないだろうということになり、アスファルトの県道をエンジンの音をひびかせて走った。三人は、バイク乗りに夢中で、時間のたつのも忘れた。
 これが、また学校側に知れるとは、おれたちもよほどついてない。三日たって、三人は教務室によばれた。おれたちにとっての教務室は、大勢の先生たちの面前で、説教を受ける場所であった。
村田先生は、けわしい顔をして、三人に正座を命じた。
「おまえ、この前バイクに乗らなかったか」
 先生は、まっさきに、おれにきいた。
「のりました」
 おれはいった。
「中学生のおまえに、バイクの免許がとれないことは知っているはずだ」
「はい」
「しかも、そのバイクが、どういうバイクか知っていたのか」
「幸夫君が、クズ屋から買ってきたといっていましたが」
 幸夫とは、サチのことである。
「幸夫、お前ほんとうにそうなのか」
こんどは、サチの方へきいた。サチはだまっていた。
「あのパイクをクズ屋から買ったなんて、うそもいい加減にしろ」
 先生の声は大きくなった。
「今警察の人が来て、駅前にとめてあったバイクが盗まれ、そのバイクに中学生がのっていたのを見た人がいるのだ」
 おれはびっくりした。あのバイクが、盗んだバイクだなんて、おれは、サチの方を見た。サチはだまったまま、うなだれる。
「おまえ、まさか知らないとはいわせないぞ。おまえたち三人が、盗み出したのだろう」
「ぼくは知りません」
「そんなしらを切ったって、こっちはちゃんとわかっているんだ。岩夫、お前がいい出して、二人に盗ませたんだろう」
 先生は、おれのいうことなんか頭から信用しようとせず、おれを今回の事件の中心人物にしようとしているのだ。おれは、おこった。頭でズキーンという音がして、いっそこの先生をなぐりつけてやろうと思った。しかし、ようやくおさまった。ここで手を出したら、おれの立場はますます苦しくなるだけだ。先生をにらむようにして見ていたらしい。
「その目はなんという目だ」
 先生はいった。しかし、おれはもうしゃべらなかった。いや、むりに唇を結んで、しゃべらないぞと思った。いくらいっても、この先生は信じてくれるはずがないと思ったからだ。だまっていたせいか、おれもサチやトメといっしょになって、バイクを盗んだことになったらしい。中学生が、人のバイクを盗んで乗りまわす――これが、校内に知られないはずがない。先生たちのおれを見る目がかわった。そして、近所の親たちさえ、おれを白い眼で見るようになった。おれはその後バイクにも乗らなかったし、サチやトメといった仲間とも離れた。人が信じられなくなり、いつも自分のまわりに壁を作って、ひとりの世界の中にいた。
 おれも二年生になった。ある日、学校にナイフを持っていった。ナイフといっても、鉛筆削りとして使うためだったので、他意はない。どのクラブにもはいっていないおれは、放課後、体育館のステージに腰かけて、ぽんやりと、見るともなしに運動クラブの練習を見ていた。たいくつだった。ポケットに手を入れると、あのナイフにさわった。ポケットに手を入れたまま、つめたい鋼鉄の刃先の感触を楽しんだ。そのうちに、ナイフをポケットから取り出して、刃を出したり、引っこめたりして遊んだ。パチッという音をたてて、刃はさやの中にはいってゆく。その音がなんともいえず気持ちよかった。刃に指先にあてて切るまねをした。この刃を思いきってすべらしたら、どんなだろうと思った。赤い血があふれてくる場面を想像すると、ぞくぞくするような快感がはしった。
 そこへ、クラブをおえた一年生がやってきて、おれのまわりに集まった。
「わあ、すげえ、切れそうだなあ」
と口々にいった。
「ちょっとおれにさわらせて」
といってその中のひとりが、おれのナイフをつかんだ。
「あぶないそ」
とおれはいったのだ。その子は、おれのナイフの刃のところへさわったらしい。
「いたい、いたい」
といって、かがんだ。手から血が出ていたので、大さおぎとなった。あわてて、仲間たちが一年生を保健室へつれていった。おれはなにもしたわけではない、彼らがかってにおれのナイフにさわり、自分で手を切ったのだ。しかし、困ったことになったぞと思った。案の定、おれが彼の手を切ったことになってしまった。傷は浅かったが、「岩夫がナイフで一年生の手を切った」ことが、たちまち全校にひろまってしまった。
 おれは、また先生に呼ばれた。こんどは教務室ではなかつた。相談室とよんでいるところへ、おれはつれていかれた。
「平田、おまえなんてことをしたんだ。このしまつをどうするつもりだ」
 おれはだまっていた。一言、ここであやまってさえおけば、もう少しおだやかにすんだかも知れない。でも、どうせ何かいったところで、この先生は信じてくれないという気がさきにきた。
「おまえってやつは、なんて男だ。こうしてやる」
 突然、先生は、おれの頬を力いっぱいなぐった。頬に焼けつくような痛みがはしった。つづいて二発、三発、おれの体は、そのたびに横にゆれた。じっと立っていても、ふらふらした。歯を食いしばって、この痛みにたえた。
「この大ばかもの、おまえは、まだ自分のやったことがわからんのか」
 なぐりながら、先生は、こんなことをくり返した。そのところへ、もうひとりの先生がきた。ガッチリした体をして、眼鏡の奥の目がきらりと光ったN先生だった。学校の中でも、なぐり屋のように恐れられていた。この先生になぐられるのじゃないかというはっきりした予感があった。
「N先生になぐられたら、今のいたさとは違うんだぞ」
 村田先生に脅かされて、おれは震えていた。それでも口を開こうとしなかった。
「おまえもよほど強情なやつだな。なにかいったらどうだ。おまえは、いつもだまったままだ」
 村田先生がちょっとN先生の方を見た。こんどは、N先生が、おれの頬をにぎりこぶしでなぐった。一発で三メートルもふっとんだ。
「これくらいでなんだ。おまえに切られた一年生の痛さにもなってみろ」
 そういって、N先生は、二発、三発とつづけた。おれの耳の奥がきーんとなって、鼓膜が破れた(これはあとになってわかったことなのだが)。そのあと正座を命じられた。
 外は、もう真っ暗になっていた。いつ帰してもらえるのであろう。ようやく、おれに不安がきざしてきた。
「今度から、こんなことは二度とやらないと誓えば、帰してやる。どうだまじめになると誓えるか」
 こんどはN先生がいった。正座の足の痛さと、なぐられたあとの顔がまだ火照っていて痛かった。
なんでもいいから、この痛みから解放されたいと思った。
「ちかいます」
 とうとうおれは、こういった。いや、むりやりいわせられたのだ。ところで、おれがいったいなにをしたというのだろう。彼らは、自分からおれのまわりにやってきて、自分で傷をつくったのだ。
その罪を、なんでおれが負わねばならないのだ。
 その日、学校を出てから、おれはすぐに家に帰る気がしなかった。近くの川にかかる鉄橋の、つめたい手すりにもたれて、白く泡だっている川の水をながめていた。雪どけ水を集めた川は、ごうごうと音をたてて、岩をかんで流れた。
「おれは、なにもしていないんだ。おれは、みんなが考えているような不良じゃないんだ。おれの気持ちを理解してくれる先生は、友だちはいないのか」
 いっそのこと、この川の中にとびこんでおれの身の潔白を証明してやろうか。そしたら、あの村田先生や、N先生はどんなにあわてることであろう。川上の方から吹いてくる風は身を切るようにつめたかった。おれは、それから長いこと、そのつめたい風の中から動こうとしなかった。

 
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