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「少年の革命」 | 第二小説集『紙の匂い』

少年の革命works

少年の革命 4

          (四)

「岩夫、お前は、高校へ入るつもりらしいが、そんなにしてまで高校へ入りたいのか。今までのおまえのようなやり方で、高校はとってくれると思うのか。高校うけようなんてばかなまねはやめろ」
 担任の大原先生は、おれにこういった。
「どうして高校をうけちゃいけないのですか」
 おれは、きいた。
「考えてもみろ、高校は、試験だけで合格するものじゃない。中学からゆく内申書も同等の扱いをうけるんだ。その内申書にどう書けばいいんだ。うそは書けないし、かといって正直に書けば不合格になるのは、わかりきっている。お前みたいなのを送りこんだら、この中学のつらよごしだ」
「どうしてもだめですか」
「願書は、本人が希望するものだから、お前がどうしても出したいというならとめるわけにはいかないが、とても高校の方でとってくれないだろう。ここまできで、へんな欲はすてた方がいい」
「はい、わかりました。あきらめます」
 おれはいってやった。少しやけになって、声が少し大きかった。校門を出ると、「先公のバカヤロウ」とどなってやった。今ころ、先生たちは、おれが高校をあきらめたことで、ほっと胸をなでおろしているに違いない。おれは、だれの助けも借りず、ひとりで生きてやるぞ。先生も友だちも、思い残すことはなにもない。こんなところ、きっぱり捨ててやるぞ。学校も、家も、そして友だちも捨てて東京に出てやろうと思った。なんにも知らない母がかわいそうだった。おれがいなくなったら、どんなに心配するだろう。
 三年生も三学期になって、教室中は受験するもの、就職がきまったもの、それぞれが異様な雰囲気になっていた。おれは、就職組にはいっていたが、就職先がきまったわけではなく、家事手伝いということになっていた。
「お前たちはいいよなあ、試験におちる心配がないからなあ」
「このごろ、おふくろなんか自分で受けるみたいにやいのやいのいうのに、まいってしまうよ」
 受験組の仲間たちは、就職組を羨ましがった。しかし、心の中では、「お前たちは高校にさえいかないのか」という偏見があることはあきらかだった。就職組の方は、一様に無口であった。
 東京へひそかに出る準備は、少しずつすすんでいた。金も用心深くためた。十二月の暮れに近くの店で配達のアルバイトをした。そして、その決行の日は、学校が一年中で一番晴れやかな日、すなわち卒業式の日にきめた。それは、おれの、学校に対する最後の反抗のつもりだった。
 町長をはじめ、町の有力者たちが居並んでいる席で、しっぽのある黒い礼服をきて、学校長が、壇上で式辞を述べようとしている時、おれは、その前にすすみ出て、今までのおれに対する差別と偏見をまくしたてる。生徒も、後にならんでいる親たちもびっくりする。あわてて先生たちがおれのまわりにかけよってくる。おれは、自分のいいたいことを早口にいって、学校からとび出し、かねて計画していた通りの汽車にとびのる。おれがいなくなったあとの卒業式の雰囲気がどんなであるか想像するだけでも愉快になる。こんな学校、こんな町、ボロくずのように捨ててやると思った。
 手さげカバンの中には、わずかな身のまわり品と少しの食料品がはいっているだけ、ジーパンをはいて、ズックばき、これがその日のおれの旅姿であった。
 その朝、とうとう学校へはいかなかった。あの日のおれの計画した儀式は、頭の中だけでおわった。気の小さなおれが、あんなことを実行できるはずがない。学校へゆくふりをして、おれは駅へむかった。
 汽車が確実にT駅を発車するのをたしかめると、おれは、胸が音をたてて鳴っているのを聞いた。
「とうとうやったぞ」乗客を前にして、おれは「ブラボー」と叫びたかった。式は、一時間くらいでおわるはずだ。そのころ、学校では、おれの不在に気づいてあわてているだろう。てっきり、式に出ていると思っていた母は、本人が学校にいないことを知っておろおろしているに違いない。
 おれは今、学校も捨て、家も捨て、おれを白い目でしか見ようとしないあらゆる人たちから逃れて、自由な土地へとびこんでゆくのだ。そこで、おれの実力がためされるのだ。おれの新しい出発だ。ここできっと偉くなってみせるぞ。会社の社長になって、故郷に帰ってきたら、どうだろう。
「岩夫は、中学の時、どうにも手のつけられない不良だったのに、なんとまあ立派になって」
 おれは偉くなって、先生も友人も近所の人も見返してやるのだ。おれはやってやるぞ。
 でも、汽車が故郷を離れて、窓の外に見知らぬ高い山やこんもりした杉林がうつっているのを見ると、おれは急に心細くなってきた。父や母と別れるんだなあと思った。もう死ぬまで家へ帰れないんじゃないだろうか。
「この子はまあ、どうしてこういつも親に心配ばかりさせるんだろう」
 いつか母は、こらえきれないようにおれの前で、両手で顔をおおって泣いたことがあった。その母の姿が、急に思い出されてきた。そして、今ごろ、またおろおろしながら、おれのゆくえを捜していることだろう。最後の最後まで、母には心配かけたなと思った。胸の底からつきあげてくるような悲しみがあった。偉そうな口をきいていながら、おれはまだ、ほんとうは子どもなんだ。だれひとり知っている人もなく、見も知らぬ土地で、ひとりで生きてゆくことなんかできないんだと思った。故郷とのつながりを断って、病気になったりしたらどうしよう。だれひとり家の人には知られずに、ひとり死んでゆくときのさびしさを思った。それを考えると、どこか見知らぬ暗がりの中に引きずりこまれるような恐怖も感じた。いつのまにか涙があふれていた。外の景色がぐらりとつぶれた。

 
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