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「少年の革命」 | 第二小説集『紙の匂い』

少年の革命works

少年の革命 7

         (七)

 翌日、駅の売店が開くと、またアルバイトニュースを買った。これだけがおれの頼りになってくれた。これによって、こんどは酒屋に勤めることにした。仕事や給料などどうでもよかった。とにかく、住める所さえあればよかった。酒屋の人に
「仕事や給料など、どうでもいいです。とにかく働かせて下さい」
とたのんだ。
「おかしな人だね。とにかく、まじめに働いて下さいよ。今の若い人は、途中で気に入らないとぷいとやめてしまうんだから」
「はい」
 神妙に答えた。今までのおれの仕事がそうだった。みんな自分の都合でだまってやめた。その酒屋でも、すぐ採用してくれた。その日部屋に荷物を運びこむと、死んだように眠った。
 そこでの仕事は、箱づめの酒を、配達の車に積みこむ仕事だった。店の五台の車が、次々とやってきて、この荷台に指示された通りの酒を積むのだった。パン箱を運ぶよりは疲れるが、土方よりは楽だった。一ダース入りの酒やビールを何回も運んでいると、しまいには、持つだけで体がふらついた。
 ここでは、二十歳を過ぎた男の人といっしょだった。彼もまた、中学卒業以来、ずっとこの店に勤めて、車の運転をしていた。名前を半田さんといった。半田さんは、その夜、おれに、こんなことをきくのだ。
「君は、どうして、こんなところで働いてみる気になったんだい」
「どんな気持って、別にないんです。今は住むところさえあれば。でも、いまにどこかちゃんとした仕事について、故郷のやつらを見返してやりたいんです」
「故郷で何かあったんかい」
「おれは、なにもしないのに、みんなが白い目で見るんです。それで、東京へとび出したんです」
「白い目で見るって、何かやったんじゃないのか」
「仲間と人のバイクをのりまわして、警察に見つけられたんです。でもそれっきりです」
「へえ、それはまたかわいそうに。それで家を出たというわけか。どうして高校へ行かなかったの」
「高校なんて、魅力ないんです。ここでおれの実力を見せてやろうと思って。半田さんこそ、どうして高校へいかなかったんですか」
「家は、兄弟が大ぜいで、生活が苦しかったせいさ。自分から、高校を捨てたなんて、君はぜいたくさ」
「そうでしょうか」
「悪いこといわんよ、家へ帰って高校へはいり直した方がいい。今の社会はね、学歴社会といって、中学出なんて、一生、下積みの仕事で終わるんだよ。実力で勝負するなんて、明治のころならまだしも、松下幸之助のような人物だって出ただろうよ。今はね、社会の層が、はっきりきまっているのさ。江戸時代に士農工商という区別があったのを知っているだろう。あれは、生まれつき決まっていたが、今は、学歴によって決まるのさ。中卒で偉くなろうなんて無理な話よ。ピラミッドの上の石を支えるために、下にたくさんの石がいるだろう。おれたちは、その一番下の石なのさ。おれをみてもわかるだろう。ここにきて六年目になるのに、どれだけかわった。少し給料があがったくらいのもんさ」
「そんなもんですか。この社会というのは」
「だから、君はやはり家へ帰った方がいい」
 半田さんはしきりにそれをすすめた。しかし、今さら、おめおめとどんな顔して家に帰れようか。おれはこれから、中卒者のレッテルを生涯背負って、生きてゆかなくてはならないのだろうか。おれの前が、急に重苦しく、厚い壁で閉されたような気持ちだった。あのケイ子の侮蔑をこめたことばが、急におれの胸になまなましくよみがえってきた。その夜、おれは、ひとりスナックの片隅で、泣きながら酒を飲んだ。いくら飲んでも、酔えなかった。
 翌日、おれは仕事を休んで公園をぶらぶらしていた。まさか、この日が、おれの生涯にとって、忘れることのできない日になろうとは、だれが予想できたであろう。スピーカーの音が聞こえ、人が集まっていた。そばにいってみると、「三里塚空港反対同盟」と書いた旗が見えた。参加している人たちのはちまきにも同じ文字がそめぬいてあった。別にすることもないおれは聞くともなしに、ぼんやりとその場に立って、演説を聞いていた。三里塚闘争のことは、テレビで見たことがある。羽田空港が、大型機の就航で手ぜまになったので、国は、新しい空港を千葉県の成田に建設しようとした。その建設のために、農民たちが土地を奪われたのだ。高い土地代金で農民たちはだまされたのだった。集まった人たちの中には野良着姿の農家のかあちゃんたちもいた。白髪をたばねたばあちゃんもいた。この人たちは、その土地に生まれ、血のにじむ思いで土地を切り開いてきた。その土地を、国家は、金と権力で、むりやり奪おうとした。金にだまされた人たちは土地を提供し、部落の内部にすさまじい亀裂を作り出した。ここに集まっている人たちは、最後まで土地を守ろうとする農民と、それを支援する人たちであった。みんなは、口々に権力者のもつ卑劣なやり方を非難していた。
 演説を聞いていると参加者のひとりが「私たちの本を買ってくれませんか」
といって、おれのところへ本を売りにきた。おれは、あまり気がすすまなかったが、むりやり買わされるような結果になった。三里塚の土地が、国の手にわたり、ここに飛行場が作られたからといって、おれにどうかかわるのであろうか。全くおれにとっては他人ごとであった。でも、その夜、買った本を部屋に帰って読んだ。今まで、おれのよむ本はマンガ本か、エロ本くらいがせきの山だった。おそらく、この本が、おれにとっての本らしい本のはじめといってよいだろう。漢字だけ並んだような本は読むのに骨がおれた。しかし、読み出してゆくと、もうその活字の抵抗は全く感じなかった。
 三里塚は、昔から、ひとりひとりの私有地ではなく、共同で野菜をつくったり、薪をとったりする土地であった。ここに、国は、空港を作ると勝手に決め
「ここは、国の土地だ。三里塚の農民よ出てゆけ」
と一方的にいうのだった。そして、農民一人一人に
「生活は保障する、代替地を用意して、金はいっぱい出す」
ともちかけて、農民たちの心を金で買おうとした。それでもなお、農民たちの激しい抵抗にあうと、こんどは機動隊を入れて、坐りこみの農民たちを、力によって追い払おうとした。
 ある学生が、自動車で三里塚へ行こうとする途中、機動隊に道をふさがれた。しかも
「免許証を見せてもらおう」
というから、免許証を見せたら
「調べたいことがあるから、少し降りてもらおう」
といって、車からむりやり引きずりおろし、林の中へつれていって、顔といわず、腹といわずかまわずなぐりつけて、骨を折るなどの重傷を負わせた。ところが、これを警察署に抗議にゆくと
「そんな事実は全くない」
という一点ばり、マスコミもまた報道してくれないというのだ。これが、権力のやることだった。一般の人なら、大きな罪になることも、警察という権力をにぎった人たちにだったらゆるされる、そんなことがあるのだろうか。権力者にとって都合の悪い人たちは、なにかと理由をつけて捕えようとする。いな、そういう人たちを捕えることによって出世するしくみならば、強いて彼らにとって悪人を作り出すことも可能なのだ。中学のときのおれのバイクの無免許運転のとぎだって、一言注意しでさえくれれば、それで再びしなかっただろうに、県の警察本部にまで通知され、学校にまで知らせてきた。それが、おれを一層反抗的にさせた。彼らは、悪い人を立ち直らせるよりも、むしろ作り出しているのだ。
 わが国にもっと広い空港が必要とされ、成田の地に新しい空港を作ろうと決めたのも権力者の御都合主義である。三里塚の農民たちは、国の御都合主義の犠牲者である。
 権力者にとっては、彼らの作りあげた社会の枠が絶対であり、その枠の中からはみ出したものを、暴徒とか不良とかというレッテルをはって、厄介者として葬ろうとしているのではないか。警察も学校も、その権力者の手先として、三里塚の農民とこのおれを社会の枠から追放しようとしているのだ。
 この時から、おれの頭のてっぺんから足の先まで、一本の鋼鉄が貫いた。おれの青春と人生とを社会の枠から追放した憎き権力と戦って、これを見返してやることだ。今まで、なにかにおびえ、悩み、恥じていたおれの、もやもやとしてつかみどころのなかった生きるべき唯一の道の発見であった。
 酒屋の仕事は、それでも続いていた。次の日曜日、三里塚の農民闘争の本に広告がのっていた『君は明日生きるか』全国被爆者青年同盟の本を捜すために本屋をまわった。その本は、どこの本屋でも並んでいるのとは違って、電車を乗りついで、二時間も歩きまわって、ようやく捜しあてた。それを見つけたときは、何か貴重な発掘品を捜しあてたときのような気持ちだった。その本の序文には、次のような一文があった。

 兄弟姉妹よ、一九四五年八月のヒロシマ・ナガサキが帝国主義侵略戦争の悲惨な帰結としてあるなら、そしてわれわれがヒロシマ・ナガサキへの回帰を拒否せんとするなら帝国主義戦争阻止の中にわれわれの生きるべき道がある。そして、被爆者である親たちも、実はアジア人民にとっては侵略戦争の加担者であることを明らかにするなら、ふたたび日本にきなくさい臭いがただよい始めでいるとき、侵略戦争阻止のなかに、被爆者解放の道が開かれるであろう。

 彼等は、母の胎内にあったとき、あるいは生まれてまもなく物心もつかないころ、原爆をうけた。彼らには、全く罪はない、それなのに、いつ原爆症が発病するか、わからない不安な毎日を送っていた。白血病で死んでいった仲間たちもいた。彼らの苦しみをだれも受けとめてくれようとしない。それどころか、この被爆者たちを、国は不当に差別し、再び、侵略戦争の準備をはじめているのだ。違憲である自衛隊をつくって口先では、敵の侵略から国土を守るといいながら、そのつめたい銃口をアジアに向けようとしている。被爆者同盟の若い仲間たちは、放射能障害に苦しみ、いつ倒れるかも知れない自らの体にむちうって、侵略戦争阻止のために戦っているのだ。
 それなのに、この社会の現実はどうであろう。よりゆたかな生活を求めて、人々は毎日あくせくと働いている。ゆたかな生活とは、一つは金をとることであり、一つはより高い社会的地位を確保することである。その激しい生存競争は、権力のしくんだ巧妙なわなであったのだ。三里塚の農民や被爆者青年同盟の若者たちは、そのわなを見破って、権力の卑劣さに敢然とたちむかっていった。このおれも、少しではあるが、それにようやく気づいていた。本を読みながら、ひとりではしゃぎまわった。そうだ。その通りだ。権力はきたない。おれは今までだまされてきたのだ。おれも、彼らの血みどろの闘争の中に、自分の身を投げ出してやろう。それが、これからのおれの生きる道なのだ。この時、おれは体の中の血がぐつぐつと煮えたぎっているのを感じた。

 
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