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「少年の革命」 | 第二小説集『紙の匂い』

少年の革命works

少年の革命 9

         (九)

 六月に大阪へいった。故郷を逃げるようにして東京へ出たおれには、この東京もまたおれのふみとどまる地ではなかった。東京から大阪へ、根無草のように、漂っているおれは、いったいどこへ流れつこうとしているのか。
 大阪では、お好み焼き屋にはいって働いた。八時から夕方五時まで、小麦粉をせっせと練って野菜や肉をまぶす仕事だった。月々六万円、けっこういい金をもらった。さっそくアパートを見つけてそこに住んだ。アパートは、集会やデモにゆくには都合がよかった。店にも無関係で夜おそく帰ってきても、だれもなんともいわなかつた。おれは、いろいろな集会には必ず出た。
 それは、10・21沖縄反戦デーの日だった。おれが、後の方を歩いていると
「〇〇区の〇〇派はどこですか」と女の人にきかれた。ふりかえると、そこに髪を短く切って、かぶと虫をプリントしたTシャツとGパン姿の背のあまり高くない女の人がいた。
「さあ、ちょっとわからないんですが」
 そういいながら、おれは、彼女のあとについていった。
「あなたも〇○派ですか」
 彼女は、おれの方をふりかえった。
「ばくも仲間に入れてくれませんか。まだどこにもはいっていないんです」
 おれは、おそるおそるたのんだ。
「ええ、いいですよ。わたしといっしょにいきましょう」
といって、彼女は、ずんずん歩いていった。おれは、あとをついてゆくのにせいいっぱいだった。
おれは、彼女の横にならんで、デモをした。妙にうきうきしていた。デモをしながら、彼女は、おれのところへきて
「わたし、エミというのよ。あなたの名前は」
ときいた。
「平田岩夫といいます。新潟の出身です」
「そう、ずいぶん遠くね。わたしも鹿児島よ」
 エミは、デモの中に知人も多いようで、そのたびに声をかけていった。
 デモは、警官とのトラブルもなく、流れ解散となった。別れるとき、おれは、エミからメモを手渡された。そこには

  次の集会の日を教えます。五時に近くの喫茶店エースで待っています。

と書いてあった。おれは、すばやくよんで、了解の意味をこめて、エミの方を見てうなずいた。エミも笑いかえして、おれの前から消えた。
 そのあと、公園をぶらぶらして時間をすごし、指定された時間の五分前に、喫茶店エースにいった。ここははじめてだったが、すぐわかった。エミは、三十分くらいしてやってきた。
「待たせてごめんね。会合が長びいたものだから」
「別に。ぼくの方もどうせひまですから」
 おれは答えた。
「ところでヒラタさんはいくつなの」
「十六です」
「そう、若いのね。今までなにをしていたの」
「中学を卒業して、ずっと東京にいました。まだ別にどこの派にはいっていたというわけでないですが」 「へえ。そうなの。東京は大へんだったでしょう」
 エミは、おれの東京での生活に同情したようにいった。〇〇同盟や、○〇派の闘争方針について、おれとエミはしばしば意見がわかれた。彼女は自分たちの考えが大衆から浮きあがってもやむをえないといい、おれは、それに反論した。しかし、二人とも、その議論を楽しんでいるようなところがあった。おれは、自分の住んでいるアパートをエミに教えた。
 三日後、突然彼女は、おれのアパートにやってきた。○○派の新聞を持ったり彼女の読み終った本を見せてくれたりした。それからというものの、毎日のようにおれのアパートにやってきた。
「エミの住んでいるところも教えてよ」
 おれがたのんでも、エミは
「そんな必要はないでしょ」
といって、何度たのんでも教えてくれなかった。おれは、エミが帰るとき、そっと後をつけることにした。とうとう、エミのアパートを見つけた。おれの住んでいるところから、一キロくらいの近くにあって、こちらよりずっといい建物だった。
「見ーつけた、見ーつけた」
 おれは、子供のようにはしゃいで、エミの方へ走っていった。ふりかえったエミはいった。
「まあ、イワオさんたら」
 おれは、むりしてエミの部屋にはいりこんだ。部屋には、こたつ、テレビ、ラジオなどが置いてあり、おれなんかよりずっといい暮しをしていた。でも、食事は、パンとラーメンの生活らしかった。エミの仕事は、小さな縫製工場で働くことだった。彼女の家もまた貧しく、高校を中退して、この大阪にやってきたという。工場がひけると、〇〇派の活動家として、外出が多いので、自分で食事をつくるところまで、とてもできないという。おれも中学を出てから、今までの生活について話した。エミは、ひとつ、ひとつうなずいて、おれの話をきいてくれた。
「その気持ち、わたしにもよくわかるわ」
「それはつらかったでしょう」
 おれは、今まで胸の中につかえていたものを吐き出すようにしゃべった。エミは、やさしい姉のように、それをうけとめてくれた。エミは、大阪の生活が三年になりもう十九歳だという。
「こんど、一度、大阪見物に連れていってくれませんか」
「ええ、いいわ、こんどのお休みどう」
「うん、たのしみにしています」
 次の日曜日、おれは、エミのアパートへ迎えにいった。大阪城へあがって、ごみのような大阪の街を眺めたり、御堂筋をぶらついたり、一日中歩いてすっかり疲れたが、楽しかった。そして、その日、おれは、ェミの手を握った。エミの手は温かく、柔らかかった。エミは、そのまま、おれのなすままにしていた。
 何日かして、こんどは、エミのアパートで接吻した。それは、かなり突然のことだったから、彼女は、もっていたコーヒーカップを落としてしまった。
「ワルイ、ワルイ」おれは、エミにそういって、きまりの悪さをごまかそうとした。何事もなかったように、テレビのボリュームをあげた。
「イワオさんて、いけない人ね、わたし、こんなことはじめてよ」
とエミはいった。エミは、ケイちゃんのように、自分から、そばへ来るようなことはなかった。おれが近づくのを避けようとした。おれも、そのあと、てれくさいみたいな気持ちで、その場にいられない気持ちだった。彼女も口数が少なく、いつものようにおしゃべりしなかったので、おれは、早々と彼女のアパートを出た。
 次の日、おれがあんなことしたからエミはこないかなと思っていると、でもエミは来た。おれがエミのアパートへいったり、エミがおれのところへ来たり、このごろは、毎日のようにどっちかのアパートに二人でいた。
「あのときはびっくりしたわ」
 エミはいった。
「すまん、すまん、あんなつもりじゃなかったんだけど」
 おれは頭をかいた。
「でも、うれしかったわ。ありがとう」
「キスして、お礼をいわれるなんて、はじめてだな、どこか穴にでもはいりたい」
 おれとエミは笑いあった。そして、またとりとめのない話になった。活動家たちの話や、歌の話やら、おれは、フォークシンガーのハッピーエンドがすきだといった。テレビの歌はきらいだといった。テレビの歌は、金のためで、自分の気持ちをほんとうに歌っていないといった。ハッピーエンドの音楽は、そこいらのロックとは、また違うんだといった。エミは、おれのいうこともよくわかるといった。明日は、日曜、いつまでも話していたい気持ちだった。
彼女は、時計を見て
「おそいから帰るわ」
といい出すと
「まだいいだろう。明日は日曜じゃないか」
とおれは、さかんに彼女をひきとめた。
「とまっていけよ、ここに」
 おれは、とうとうこういった。エミは、それに、おどろいたふうもなかった。エミは、ほかの女の子より、少し鈍感なところがあった。そのあと、おれたちは、ウイスキーをのんだ。おれは、エミがびっくりするほど、ぐいぐいとあおった。エミも飲んだ。
「イワオさん、そんなに飲んでだいじょうぶなの。どうしよう、わたしも酔ってしまったわ」
 エミは、頬に手をあてていった。そんなところが、おれの性欲に火をつけた。おれは、エミを抱いた。エミは、体を固くして
「いやよ、わたし。やめて、イワオさん」
といった。おれは、しかし、手をゆるめようとしなかった。エミも、それ以上抵抗しようとしなかった。おれは、荒々しくエミの服に手をかけた。エミも、おれの方へ体をよせてきた。ぎこちない動作で、おれたちは交わった。荒々しい感情の嵐は、一瞬のうちに過ぎさった。おれは、この時十六、エミは十九、二人ともはじめての経験だった。その日、二人は抱きあったまま眠った。夜中に、どちらかが目をさますと、また愛撫しあった。
 次の日、おれたち二人は、一緒に本を買いに出たり、その本を読みあったりして、幸せな日曜日だった。おれは、エミがそばにいるというだけで、この上もなく満ち足りた。結婚生活というのは、こんなものなのだろうかとばくぜんと思っていた。この日の夜も、エミは、おれの部屋に泊った。
二人して一つふとんにはいると、エミの方から
「寒いわ」
といって、おれの方へ足をすりよせてきた。この日も、おれたちは二人だけの世界におちていった。
 翌日、おれとエミは、早く起きて、たった一軒あいていたラーメン屋にはいって、空腹を満たした。そして二人とも、仕事場へ急いだ。
 仕事場の大きな鉄板の上で、小麦粉をかきまぜながら、おれは、ぼんやりして、このエミとの二日間のことを思っていた。エミと一緒に暮すときのことを考えていた。
 エミは、おれの話をよく聞いてくれ、大げさすぎるほど涙を流してくれた。おれが寝ぼうしたときなど 「イワオ、早くおきろ、このバカ」
 なんて、おれの尻をたたいてくれるだろう。いつも楽しそうに笑っていて、柔らかな声で話す。
二人で、時々、腕ずもうなんかして、おれが力を出すと、エミは真赤な顔をして
「まいった、まいった」
と力をぬく。そのあと、つれだって買物にゆく。そのエミは、キリストが好きで、真剣になって「イワオは、神を信じる?」ときいたりする。べらべらととどまることなくしゃべる日があるかと思えば、ことばを忘れたようにしゃべらない日がある。しゃべらない日は、なにか怒っているのかとおれが心配すると、その日は、あれの日だったなんて。パンティは桃色、ブラジァーは白、Gパンはバギー、スカートはマキシがよく似合う。ミニはあまりはかないで、たまにはいたときなど、おれが
「みーえーた。みーえーた」
 なんてひやかすと、おれの頭はポカッとやられるに違いない。おれのきたない下着なんかせっせと洗ってくれて、たまに
「パンツ買って来たぞー」
 なんて、おれの方へ投げてよこす。
 エミよ、一緒に暮そう。おれたちは、ケッコンした方がいい。おれは、ガラガラと小麦粉にまぶしたエビや野菜をかきまぜながら、小さい声で呼びかけた。ほんのりと狐色にそまった小麦粉がエミのはじらいの色に見えた。

 
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