本文へスキップ

「はらから」 | 第三小説集『さつきの花』

はらからworks

はらから 3

 二郎と満が、利一の学校から帰ってきた翌々日、二郎は、関西方面の修学旅行に出発した。利一から譲られたレインコートをつけ、カバンもまた家にあった古いバッグだった。カメラももつわけでなし、靴もまた学校へはいていった安っぽいビニール製だった。それでも、亀井勝一郎の『大和古寺風物誌』を読んでいた二郎は、初めて見る大和の寺々に興奮をおさえることができなかった。二郎が奈良の寺を見ている間に、満は広作につれられて上京した。ビルや工場の配電盤を入れる金属の箱を造っていた「R電材工業株式会社」が満の就職先であった。二郎が高校へ入学するときは、なんとかなるだろうといつも口癖のようにいっていた。しかし、二年たって、満が卒業する年になっても、高校の学費のメドは全くつかなかった。二郎の学費だけで手いっぱいのミエ子の乏しい賃金から満の学費までは出せなかった。前年短大を卒業した利一の職は決まらず、お産代用や病気代用の助教諭として、利一は満の学費を出すゆとりがなかった。満の就職は、広作一人の判断で決まった。決めてしまえば、利一も二郎も口出しできるところではなかった。高校へゆくための準備だけはしておくようにといい続けてきた利一や二郎も、これをどうすることもできなかった。こうして、二人の兄は高校・大学というのに、三番目の満には、高校へ行くチャンスも与えられなかった。そのことを満は、正面切って不満をもらしたことはなかった。二郎がほんとうに満のことを考えてやろうとするならば、高校二年で中退し、満を高校へ進学させてやるべきだった。いな、もしそれができなかったら、夜間定時制高校へ移ることはできたはずである。そうすれば、弟の満に対する兄の責任も果たせたであろう。中退することも、定時制に移ることもしなかった二郎は、こうして、生涯満に対して負い目を持つことになった。二郎に現状を変えるだけの勇気がなかったというべきであろう。もっと悪くいえば自らの保身のために、ずるずると満を犠牲にして、自分だけ生きようとしたといってよいのだ。
 二郎が旅行から帰ると、満からハガキが来ていた。無事東京について、元気に働いているから心配するなというものだった。短い文面で、利一や二郎のことについては一言も触れていなかった。

 >  > 3 >  >  >  >  >