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「はらから」 | 第三小説集『さつきの花』

はらからworks

はらから 5

 高校三年の十一月になって、友人達の間で大学志願校の案内書をとりよせることや、願書提出の時期などが話題にのぼっていた。東京の私立大学の受験は、二月にはいるとすぐ始まる。いくつもの学校を併願する人は、一カ月も試験のために東京に宿泊していなければならない。学校でも、受験のための補習授業や、模擬試験がくり返された。二郎も表面的には、大学へ進む準備をしていたが、まだ大学への決心が固まったわけではなかった。今よりさらに、姉や弟たちに犠牲を強いて、はたして大学へ行くだけの価値があるのだろうか。図書館で、受験参考書を開いても、二郎の心は少しも落ちつかなかった。この受験勉強がはたして役に立つ日が、ほんとに来るのかどうかおぼつかなかった。兄に相談しても答えは同じ、やれるだけやってみろという。大学の費用をだしてくれる保証はない。
 ある日、二郎は、この悩みを有坂博氏に相談してみようと思った。有坂氏なら、この二郎の悩みに必ず相談にのってくれる、思い切ってこの氏の意見に従おうと思った。それは行き詰まった二郎の考えを切り開く、決死的ともいうべき判断であった。
 有坂博氏――二郎の住んでいる村から近いK市の出身で、出版社の社長でありながら大学教授をつとめ、国文学者として受験参考書も書いていて受験生に知られていた。また若い人たちに人生相談的な雑誌も出し、自らも小説も書いたりしている人であった。この有坂氏が、夏にN高校に講演にやってきた。氏なら、必ず二郎の悩みに答えてくれるはずだ。この際思い切って、この第三者の意見に従うのがいいと思った。思いつくとじっとしていられないのが二郎の性質である。二学期の期末試験が近づいていた。しかし、やにわに便 箋をとり出すと、有坂氏にあてて手紙を書き出した。家の経済状態と七人の兄妹の今までのようすを詳しく書いた。姉や弟を犠牲にして大学に進むのがつらいと書いた。大学には魅力があり、ここで子供のための童話を書きたいと書いた。そして新聞に載った彼の童話の切り抜きも同封した。兄は大学に進めというが、これ以上姉弟を犠牲にするのはしのびないと書いた。自分は、どうしたらよいかわからないので、先生の御意見をお聞きしたいと書いた。この手紙のためにどれだけ勉強の時間をつぶすことになるかも二郎にはよくわかっていた。しかし、それを惜しいとは思わなかった。有坂氏なら、必ず返事をもらえると思った。
 有坂氏の返事が、五日後に二郎の下宿に届いた。有坂氏は二郎の手紙を読んで、その日のうちに手紙をしたためたに違いない。震える手でその手紙を読んだ。

 お便り拝見いたしました。細かい点まで記されてあるのでよく事情がわかり、本当に気の毒に思います。同封の童話も拝見し、やはりこの道に進まれるのがいいと思いました。家の事情、兄弟のことをあれこれと考えて悩むのは、人間本来の美しい心で、もっともな事と思います。しかし、人にはそれぞれの才能があり、個性があります。あなたのとる道は、お書きになっているように、学校へ進み、子供達を教えながら童話を書いてゆく――それがもっとも理想的だと思います。その道を進むためには、つらいでしょうが、アルバイトをしながら夜間の大学で勉強されたらどうでしょう。そのため二年間位浪人したと思って就職し、学費を蓄えて準備するのも一方法でしょう。就職には東京の方がいいのではないでしょうか。東京には、あなたのように悪条件のもとに進学を志している人が沢山居ます。そういう人々は互いに助け合って我が道を進んでいます。あなたが心に不満をもって高校だけで就職し、童話への夢をすて去り、平凡なサラリーマンで終わるようでしたら、一生その不満がつきまとい、自分も又周囲の人も不幸にさせるのではないでしょうか。弟さんに対する責任も何かの形で果たすことが出来ると思います。また末の弟さんがあるいは、高校、中学卒で家業をお手伝いなされるかもしれません。周囲のことを考える気持は尊いのですが、自分の将来を見きわめる理性を培って下さい。心に義務・責任があれば、それが自ら人にもわかります。幸いお兄さんも理解のある方ですから今後ともお互いに励まし合っていらっしゃるように。人生は長いのですから、あまり焦らずに自己の道を貫いて下さい。御健康を祈ります。
                         有 坂  博
  中橋 二郎殿

 二郎はこの手紙を一度読んだあと、もう一度読み返した。三度目に、自分の日記帳に全文を一字一字書き写した。前途に明るい光がさしこんできたような気持ちであった。この日を境にして二郎の新しい人生が開けてゆくのだ。東京に出よう、自分で働き、自分で学費を稼ぎ、夜間の大学にゆくなら、自分の理想を実現させてゆけるであろう。思いはもう東京の空に馳せていて、何も手につかなかった。そのあと、礼状を書いた。先生のいわれるように、東京へ出て、夜間大学へゆく決心だと書いた。もうだれにも遠慮はいらない。自分の思う通りの道を進めるのだ。
 翌日、二郎は、この手紙を持って学校に行き、担任の先生に見せた。
「さあ、東京の就職はどうかなあ。有坂氏がついでに、就職の世話をしてくれるといいのだがなあ」
 担任の先生は、そういってちょっと言葉を切り、
「もう就職のシーズンもすぎたが、なんとか聞いてみよう」
といった。二郎は、
「お願いします」
といって、教官室をあとにした。

 
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