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「心までは萎えず」 | 第三小説集『さつきの花』

心までは萎えずworks

心までは萎えず 6

 岬恵三、ナミは、洋介をつとめて旅行につれ出した。夏にある外泊期間には、ワゴン車に、洋介の車椅子を、のったまま積み込んでどこへでも出かけた。洋介は、車の中で、地図を眺め、一度もいったことのない場所でも道案内が出来た。地図の上の旅行を、病院のベッドの上で、くりかえししていたから、これからゆく旅行先の地名や道路のようすなどスクリーンのように洋介の脳裏に刻まれていた。
 もう一つ洋介は、自己の健康管理を、驚くほど徹底させていた。こういう病気は、ちょっとしたかぜが命とりになってしまうことをよく知っていたので、常にうがいを忘れず、食べ物も、時間をかけて、ゆっくり噛んで食べた。通過不良で、吐いたり、下痢をするのを怖れたからである。この病気は、病気そのもので死ぬことは少なく、合併症で命をおとすことが多いということも、洋介は、よく知っていた。与えられた命が短ければ短いほどそれをいつくしみ、長くのばさねばならない。これが洋介の自己管理であった。
 昭和六十一年、夏、例によって、恵三とナミは、洋介の旅行計画の相談に病院にやってきた。
「洋介、ことしの夏、どこへ行きたい? 海か山か、湖があるところか」
恵三の質問に、いつもなら元気に反応する洋介であったのに、こんどは、いつになく口ごもり、その洋介の口から、
「とうちゃん、ことしは、やめておくよ。この夏あたり、ひょっとすると、だめになりそうな気がする。なんにもしてやれなくて、父ちゃんと母ちゃんに、俺の嫁さんを見せてやりたかったのに。ごめんね」
ということばが出た。洋介は、自らわが死期を悟ったのである。恵三もナミも洋介に返すことばがなかった。
 岬洋介が、国立療養所K病院で、息をひきとったのは、二十六歳の誕生日を迎えた、その翌日のことであった。まるで、枯れ木が、そのまま自然と朽ちてゆくような、おだやかな死だったという。
 洋介の枕元に未完成のままの二冊の自伝小説の大学ノートと、次の詩が残されていた。


 クモとアゲハ蝶

毒々しい青と黄の縞模様したクモが
八本のまだらな足を動めかし
獲物のアゲハ蝶を
せっせと糸でつりあげている
アゲハ蝶は抵抗することも出来ず
残酷な運命に従っているのだろうか
クモの巣にかかってしまったら
アゲハ蝶の自由も
たった一つの小さい命も
クモの思いのままだ
クモの巣の端の方にひっかかっている
ひからびた虫の残骸が
アゲハ蝶の哀れな明日を暗示しているみたいだ

空は青く晴れ渡り
さわやかな日差しがさんさんと降りそそぐ
ずんぐり丸いハチがのんびりと通り過ぎ
燃える色した赤とんぼ達の
アベックが飛び交う
クモの糸につながれたアゲハ蝶の他に
まわりの世界はいつもと変わりなく躍動していた
アゲハ蝶はクモにいたぶられながらも羽を刃物にかえてクモの巣を断ち切り再び自由に宙を舞い踊る事を夢見
いつかきっと
その日が来ると信じていた

 
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