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「雪に包まれる村」 | 第三小説集『さつきの花』

雪に包まれる村works

雪に包まれる村 3

 その秋、執行部の改選の時期がやってきても、執行委員に立とうという人は一人もいなかった。「執行委員選挙と自治会活動」というビラが配られたのもそのころであった。それが小林義一の書いたことは明らかだった。
 私はそのビラを何げなく読んだ。ほんとに何日間もポケットに入れたままなのに、ひょっとしたときに私はそのビラを読んだのである。
 そこには、執行部の改選が近づいているのに誰も立候補しようとしない、執行部を批判するのならどうして執行部に入って思う通りのことをしないのかと訴え、
「新聞紙上に執行部を英雄主義とか何とか非難した人達は現在どこにいるのだろう。あなたはいつも陰にまわり、ひとのすることなすことをけなして喜んでいるのですか。あなたは卑怯だ。正々堂々と出て来てあなたの主張を実践したらいかがです」
と書かれていた。そしてその部分は明らかに私へ向かっての非難であることを知った。それを読んだ時、私は急に目の前にピストルをつきつけられたような気持だった。あまりにも突然だった。私の忘れようと努力している古傷を、大きな鉄の爪で再びひっかきまわされてしまった。私はあの時ほんとうにかげにまわって人のなすことをけなして喜んでいたのだろうか。私はそれを強く否定することが出来なかった。あの中では授業を放棄してまでデモをしようとする人たちを誤った英雄主義ときめつけてしまった。
 私は執行部に入ることが出来なかった。ほんとうに私は執行部に入ることが出来なかったのだ。私はそう自分にいいきかせるだけでやっとだった。私はそのために批判ばかりしているという非難も甘んじてうけるつもりだった。裏切り者といわれようと卑怯ものといわれようと私はただ、私のせいいっぱいの力で耐えているだけだった。私はとてもその中心になって学生達を引っぱっていく才能もなければ能力もなかったのだ。
 小さい時から私はそうなのだ。小学校の級長をやった時でも中学校で生徒会役員をしたときでも、私になげつけられたのはその無能力さに対する批判だった。結局私は人にいいつけられたことはやれても自分から進んで人の先頭に立つことは出来なかった。そのために私はいままでどれほど自己を嫌悪しつづけただろう。事あるたびごとにコンプレックスを感じつづけてきたのだ。
 私は執行部に入ることが出来なかった。しかし、あのたった一つの投書からかげにまわって人のなすことをけなして喜んでいる、ときめつけられてしまうのは、あまりにも悲しかった。いままで私は何のためにデモの波のなかでもまれ、原水爆禁止の平和行進に三時間も歩いたのだろう。それも執行部の人たちを非難するためだったのだろうか。私はあの日はっきりと総会の会場で自分の意志を表明した。それなのに私の言いたかったことは、あの私への非難と議長の無視によってとりあげられなかった。出来るならば私はこの気持を執行部の人達に知ってもらいたかった。しかし、そう思う時、私はいつも心の中でじめじめした一点に触れた。
「お前は自分でやる能力もなしに人をやつけて面白がっている卑怯者だ」
 私のそのじめじめした一点は、私のあの日の弁解をすべて深い霧のように覆っていた。そのために私は何もいわれなかった。そして私はそのままそのビラを無視しようとした。
 私がそのビラの中から感じたことはもう一つあった。何かするたびに批判を受ける執行部の人たちの嘆きであった。
「いったい私たちはいままで何をやってきたのだろう。ことある度に批判され、そして今改選の時になってもだれひとり立候補するものもいない。私達は一つの砂を運ぼうとして一本のワラくずを運んだにすぎないのだろうか」
 今まで常に激しい安保反対運動を続けてきた執行部の人たちの意外な弱さであった。
「意外な弱さ」、正にそういうべきものであった。次期執行委員の選管さえ集められないという執行部の無力さ、自治会への学生の無関心を書いているその文面に私は執行部の人たちの悲痛な叫びを聞きとった。切実な訴えを聞きとった。それにしてもこの執行部の無力さ、学生の無関心さはいったいどこから来るのだろうか。私は今まで執行部に向けていた眼で次第に関心のうすいまわりの学生を見るようになった。

 
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