本文へスキップ

「雪に包まれる村」 | 第三小説集『さつきの花』

雪に包まれる村works

雪に包まれる村 6

 峠にさしかかると大きなボタン雪はいっそう激しさをましていた。私はそのために時々傘に積もった雪を力いっぱいふり落とさねばならなかった。肩からさげたバッグの中にはほんの今大きな山脈のひだの中で埋もれてしまうような村できいた昔話でうまっているノートがはいっていた。
「こんなに雪の降る日わざわざ峠を越えてまでゆかなくても」
としきりと家の人のとめるのも、私はきかなかった。私のために一生懸命話を思い出そうと努力して、私の来るのを待っている老人たちがいることを考えると、私は家の中にじっととじこもっていることは出来なかった。もう何年か後にそういった老人がなくなってしまえばこうした雪の深い谷間の村に親から子へ、子から孫へと何代もうけつがれ、その度ごとに人々のこころをあたためてきた話はそのまま埋火のように消え去ってしまうのだ。
「お前のやっていることは後むきの学問だ。そんな骨董品のようなものを集めたところでどうなるというのだ。そんなものは封建時代の化石にすぎないのだ。現代の生活をすすめるには何の役にも立たないのだ」
 義一は私にこういった。私はそれに何の反駁も出来なかった。しかし、この義一の言葉も今は冷静に聞くことが出来た。私の集めている昔話や伝説を「こころのふるさと」とよんだ人がいた。私はこの言葉がすきであった。私のやっていることはこうした心のふるさとへのノスタルジァなのかもしれない。現代の人達はその心のふるさとを忘れ去って、あまりにも現代を過信し過ぎているのではないだろうか。これらの中には現代人のもう忘れてしまった、あるいはまだ知らない何かがきっとあるに違いない。たとえば微笑んでいる仏像の前で合掌しているような静かな気持のようなものが。私はこうした昔話を集めて村々をまわりながら、いつもそれを信じていた。
 静かに雪の降っているこの峠を通る人はいなかった。ふりかえると、私の訪ねた谷間の部落にはもう赤い灯がともっているのがみえた。大きくうねっている山脈にはもううすい夜のとばりがおりかかっていた。何という静かな瞬間だろう。あの日三十万人の東京のデモの一人だった私が今降りしきっている雪の中でたった一人たたずんでいるのだ。私にはそれが信じられなかった。あの大きな嵐の中で私がしきりと求めていた静かな時間が、今私のまわりにはどこにもころがっているのである。あれから社会は一応おちついたとはいえ、あの時と反対に右翼のテロ事件が相次いでおこった。社会は決しておちついたのではなかった。一つの極端と極端がぶつかりあった。しかし、今私は一人で雪の中に立っていて幸福感にあふれていた。静かな空気を私は思いきり吸うことが出来るのである。谷間の村はすっかり雪に包まれていた。その白い雪を私は今冷たいとは思わなかった。抱き合うようにしてひっそりとかたまっている谷間の村を暖かい母の手のように包んでいるものだと思った。暖かい母の手――つめたくゆがんでいる社会の中で今必要なものはこれではなかったか。私は再び白い道を歩きはじめた。新雪をふむゴム靴の音がキュッキュッと鳴った。
(ともすると、これが根雪になるかもしれないぞ)
私は雪を踏みながらそう思った。

 
 >  >  >  >  > 6