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「道徳教育研究指定校」 | 第一小説集『雪残る村』

道徳教育研究指定校works

道徳教育研究指定校 3

 その日の翌日、山崎は吉村教頭とつれだって、再度二宮指導主事を訪問した。もちろん山崎は自分の受持クラスを自習にしたまま。
「せっかくあなたがたが作ってくれた目標ですが、どうも生徒の実態とかけはなれた、机上の作文になってしまいました。大へんでしょうが、もう一度よく生徒の実態をつかんだ上で、目標を作り直していただかねばなりません。といって、指導要領の示している二十一項目の道徳教育の目標がおざなりになっても問題です。目標はこの二つの接点で作られるべきものなのです。では、生徒の実態をとらえるためには、どんな方法があるといえば………」
 二宮主事の話は続いた。山崎はこの話をききながら、これはたいへんなことになったぞと思った。今までの目標をすっかりかえて、もう一度はじめから作りなおすことを要求しているのだ。今まで、これだけの目標を作るために費した時間は、水泡に帰したというのか。自分はまだいいとしても、このために夜おそくまで話合いをしてきた他の委員の人たちにどう釈明したらよいだろう。山崎は学校のことが心配だった。そのため、二宮主事は、田原中学校から指導を仰ぐために、さし出したプリントなど眼中にないようすだった。県の講習会の折にとってきたノートでもあるのか、部厚い、大学ノートをひらいて、さらに話に熱がはいってゆくようすだつた。
「目標を作る際、県の方針として、ことしは愛国心と宗教的情操の陶冶を強くうち出しています。これからの道徳教育には、もはや、これを無視することはできないでしょう。ただ目標をきめ、それに基づいた年間計画をつくるくらいなら、すでに他校でも実施されています。ここでこと新しくそんなことをやっても、意味がないといっていいでしょう。ですから、私はこの際、年間指導計画の中にこの県の方針をどう生かしてゆくかということに、興味をもっているのです。それこそ、すばらしい研究になるでしょうし」
 山崎は、おどろいたように吉村教頭を見た。吉村教頭はしきりとノートをとっていた。それでも、時々二宮主事の話がかけないのか、それとも、これからさきの学校のことを考えているのか、いつまでも鉛筆が動かないこともあった。
 すでに六月にはいっているというのに、これから生徒の実態をあらゆる面から調べ、それをまとめ、その中から、指導すべき価値を見つける。そこから二十一項目の関連を見ながら、目標を作り、各学年別にわけて、学年ごとの指導計画をくわしく作成していかなければならない。これだけで手いっぱいであるのに、その中に愛国心や宗教的情操を加味していかねばならぬ。しかもその愛国心は、戦前のような偏狭な愛国心ではない。宗教的情操は一宗派にこだわってはならぬ。山崎はこれからさきのことを考えると、めまいのようなものを感じた。
 二時間にわたる二宮主事の指導に対して、吉村教頭も山崎も丁重なお礼をいったあと、教育委員会の玄関を出た。ふたりともだまったままだった。吉村教頭のうすくなった額に初夏の強い日ざしがてりつけていた。二宮主事は、この吉村教頭より、五つも年下であった。その前でしきりと頭をさげ、指導を仰いでいる吉村教頭はあわれに思った。
「先生、これから学校に帰って、今の話、どこまでやっていけるでしょう」
「わからないな、明日さっそく推進委員会を開かねば」
 歩きながら、吉村教頭は、ポツンとそういったきりだった。

 
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