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「道徳教育研究指定校」 | 第一小説集『雪残る村』

道徳教育研究指定校works

道徳教育研究指定校 5

 学校は夏休みに入った。いつもなら、日直を残して、遠くから来ている職員たちは故郷に帰るはずなのに、この休みは、三日間の出勤を命じられた。いうまでもなく、道徳教育の研究のためであった。
 この三日間は、特別暑かった。じっとしても汗の出てくるような日だった。二十三人の職員たちは、学年別にわかれ、しきりに汗をふきながら、プリントの山にむかっていた。
 すでに教師の観察による生徒の実態調査は終り、この三日間では、これと指導要領二十一項目とによって指導すべき価値一覧表の作成が行なわれた。この一覧表を学年別にわける。学年間に重複があってはいけないし、遺漏があってはいけない。しかも、特に重点的におさえるところは、くりかえして指導するが、学年間には、系統性、発展性をもたせなければならない。たとえば、指導要領の中に「家族員相互の愛情と思いやりと尊敬によって、健全な家族を築いていこう」という項目については、一年では「家族の役割と立場」に重点を置き、二年では「健全な家庭への努力」に重点を置こうとする。これが系統化である。いいかえれば、指導要領二十一項目の道徳の網の目に、おちこぼれのないように、学年別に道徳性を配分しようというのである。むろん、こうした理論は、県の道徳資料集や、指導主事のうけうりである。
 三年の六人の職員も、この作成に懸命である。
「この項目の勤労とは、どんな角度からせまってゆくのだ」
「ここでは、当然その喜びと強い意志じゃないか」
「いや、それはすでに二年生でやっているだろう。三年生なのだから、職業のもつ社会的な意義に重点をおいたらどうだろう」
 こうした話合いは、一時間もすると、もう嫌になってきた。
「どうもこういうかたい話、俺には似合わないな」
「たしかに、こんな項目にすべてあてはまる人はいないよ。どうも実感がわかない」
 最後には、ひとりがいくつかの項目をうけもって、宿題にすることにした。それでもなお、なかなかすすまなかった。
 学年毎の草稿ができあがると、それがプリントされて、学年間の調整が行なわれる。その間に、生徒の実態からきた道徳性は、いつのまにか、指導要領の示す、国の要請にすりかえられ、目標も、とうとうあの二宮主事が生徒の実態をふまえていないと非難した、その目標と同じものになってしまった。そして田原中学校のもつ独自性はどこにも見つけることはできなかった。とにかく、そうしている間に、三日間はたちまちにすぎてしまった。

 
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