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「いかのぼり」 | 第一小説集『雪残る村』

いかのぼりworks

いかのぼり 4

 六月にはいってから、私は思いきって真島先生の住宅を訪ねることにした。先生の住宅は、堀にかこまれた城跡の中に建っていた。
 ここにかつて師団があった時に、その倉庫になっていたという先生の住宅は、決して立派な建物とはいえなかった。
「やあ、ほんとによくきたね」
 といいながら、先生は私を奥の六畳に通された。一面の壁には、二段の本棚になっていてずっと窓の下まで長く続いていた。そこには日本古典全集や、文学評論史、文学史、そして万葉集の注釈書をはじめ、一連の国文学に関する本がぎっしり並んでいた。
 正面の床の間にかけられた掛軸は、白秋の
  春の鳥な鳴きそ鳴きそあかあかと
       外の面の草に日の入る夕
 という歌がかかげられていた。それは白秋の有名な歌であったのに、恥ずかしいことにその歌を私は知らなかった。真島先生は、しかし、にこやかに、私のためにその歌を読んでくれた。
「君もそう思っているだろうが、私の講義は、少し、主観的、感情的な面が強くて、理性的なものを欠いていると思っているんだ。自分が今までなまじっか歌なんかやってきたので、どうもきちんと型にはめることがにがてで困っているんでね」
 真島先生は、こんなこともいわれた。私にとってそうした真島先生の講義は、もっとも楽しいもののひとつだった。あのざっくばらんな先生の講義が型にはめられてしまったらなんと味気ないものになってしまうであろう。やはり先生はロマンチストなのだ。こんなところで先生になっているべきではない。どこか中央の歌誌でも主宰して、そのロマンチシズムの筆を充分ふるうことがもっとも望ましい生き方ではなかろうか。私は先生の話をききながらそう思った。
「先生は昔、歌をやっておられたそうですが、その歌を見せていただけませんか」
 私は思いきって、こうきり出した。
「いやあ、だめなんですよ。こちらへやって来るとき、歌とはきっぱり縁を切るつもりでやってきたのだ。若い頃、アララギ派の人たちをけなして、ごうごうと非難をあびたこともあった。あのころは、人にまけまいとむきになっていた。毎日が真剣だった。歌も学問もそういうときが一番のびるんだと思うよ。君のような若い人を見ると、ほんとうに羨ましくなる。……」
 ここで先生の話は切れる。
「あのころ、同じ歌を作っていた同僚たちはそれぞれ中央でりっぱに大成している。来年はもう六十になるんですよ。歌も、学問も、ものになさずにおわってしまった。今はもう、みんなだめになってしまってねえ」
 真島先生は、自分の過去をしみじみとふりかえるように、それはつぶやくような低い声でいうのだった。そのひびきの中には、先生のいい知れぬ寂蓼感がにじみ出ていた。私はとうとう先生が歌をやめた理由をきかずにしまった。それを聞くことは、先生の、暗くさびしい過去の道に通じているような気がした。先生はそれに触れたくないのだ。私は先生の話をききながら、そう思った。

 
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