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「喜左衛門家の柿」 | 第一小説集『雪残る村』

喜左衛門家の柿works

喜左衛門家の柿 4

       (四)
 昭和三十四年四月、日本国中が大きな喜びの中にあった。皇太子御成婚――どこの家でも日の丸が掲げられ、宮殿へ向かう、二人の馬車に、万歳の声が、ラジオを通して聞こえていた。このごろ、ようやくはいってきたラジオ屋の店頭のテレビの前は、この晴れの馬車行列のようすをみようとする人たちで、いっぱいであった。二人のあでやかな姿が、目の前にいるかのように、はっきり映し出されると、テレビの前の人だかりは、みなそろって歓声をあげた。むろん、テレビをはじめて見る人たちの歓声もはいっていたであろうが、八千万国民が、久しく待ちわびていたこのよき日――。
 喜左衛門家は、今だかってないほど沈うつで重苦しい空気に満ちていた。一つは、小学校の助教諭をしていた敏一の失職であり、他の一つは、二郎の大学受験の失敗であった。ただでさえ、生活に困っていた喜左衛門家は、この二人の奇妙な徒食人をかかえこまねばならなかった。全く、突然、この大きな嵐に、たち向かわなければならなかった。長男の敏一は、少なくても短大を出たのだし、二男の二郎は、栗ノ木沢部落で二人目という、町の高校を出たのだ。
 ここに来るまで、喜左衛門家には、大きな決心があったし、さまざまな曲折もあった。喜左衛門家のあととりとして、農業高校の地元の分校へ敏一を進学させることは、だれも異論は、なかったにしろ、大学まで進みたいといったとき、だれも驚かないものはなかった。
「その日暮しがやっとのきぜんの子が、大学へ出るなんていったら、村中の笑いものになるだけだ」
 広作は、そういって相手にしなかった。広作が子供のころ、寅次が一日に得た金は、翌日たべる米しか買えなかった。米の一升買いは、悲しい思い出である。小学校を出て、製糸工場の小僧や魚河岸で働いてきた広作には、大学など、全く雲の上の話のような気がしていた。女ばかり五人の末っ子に生まれ、早くから母に死別し、体の弱い父のもとに育てられたとりもまた同じであった。とりひとりが尋常小学校にどうにか出してもらったが、他の姉たちは、とうとう学校と名のつくところに出してもらえず、今もって文盲である。
「敏一、おめえ、大学へいくたって、学費をどうやって出すがんだや、それに、大学出てしまったら、こんげのとこへ住みたくねえなんて、まさかいわんろうのう」
「学費は、工場にいっているミチとミエ子が出してくれるといってるんだろも。家なんかいくらでも俺が継いでやるすけ、心配いらんて。なにも百姓しなくたって、この家は継げるろう。家が大事だというて、狭い土地にへばりついてきたんだんが、この家は貧乏すけとばかにされるんだねか。これからは教育の世の中だぜ………」
「じゃ、おめえ、どうしるてがんだい」
「学校の先生になろうと思うて………」
「先生……。先生てや、あの生徒を教える人か」
 広作もとりもびっくりした。喜左衛門家は、代々人の下に仕え、人のいうなりに動いて貧乏してきた。敏一が、先生になって、人の上にたとうということなど考えてもみなかった。新しい子供たちには、新しい考えで生きていっていいのかも知れない。広作もとりも敏一に負けた。
「どうせ、試験に落ちるだろうが、おめえがそういうなら、受けるだけ受けてみろ」
ということになった。案の定、敏一は、国立大学に不合格となり、私立の短期大学にいった。それも仕方のないことであった。
 二郎は、その翌年、中学を卒業し、N市の普通高校へ進学した。それも、敏一の強力な勧めがあってのことである。中学を卒業しただけで岐阜の紡績工場に就職した二人の姉は、二人に、学費をおくることで、自分たちの生活を極度にきりつめなければならなかった。将来に備えて、自分たちの貯金もできなければ、友だちと一緒に旅行することもできなかった。その友だちは、自分の生活まで切りつめて兄弟のために犠牲になりすぎるじゃないのといった。そのころの二人にとっては、兄弟につくすことが、すべての生きがいであった。犠牲になったのは、この二人だけではなかった。二郎が、高校二年をおわる年、三男満が中学を卒業した。満は、そのまま東京の電気器具製造工場へ就職しなければならなかった。それが、家を興すための犠牲であることなど、満の心にどれだけわかるであろう。大ぜい兄弟がいると、だれかを伸ばすために、それより多くのものが犠牲になった。それが、兄弟の心に、大きな傷を残したこともまたたしかであった。
 短大を出て、教員になろうとした敏一は、運の悪いことに、大へんな就職難の年に出会ってしまった。正式な教諭としての道はなく三カ月のお産代用の先生をしたり、病気休職中の先生にかわって、助教諭として勤めたりした。この三月、病気がなおって出勤できるようになった先生と反対に、敏一は職を失ってしまった。
 二郎は、高校三年になって、大学にはいろうとしていた。中学だけで就職した姉たちや弟への兄としての後めたさをもち続けながらも、やはりなんとかして大学にはいろうとしていた。その二郎が、まさか不合格などということが考えられていなかったのに、思いがけなく不合格となった。二郎は、敏一と違って、町の高校にも出ているし、喜左衛門家の人たちは、だれも不合格になるなど考えてもいなかったのだ。二郎が不合格となったところへ一度教員になった敏一が、失職して家にもどってきた。たとえ助教諭であっても、一度先生の職についてさえしまえば、あとは安心だと思っていた喜左衛門家の人たちにとって、あまりに突然のことであった。
「どうして、うちの子供たちは、こうして、いつまでも心配させるがんだろう。もう、ほかの人たちは、みんないい若い衆になって、金をとっているというのに」
「おれなんか、十四の歳に奉公に出たというがんに、はたち過ぎても、家でぶらぶらして親や兄弟の厄介になるなんて、どうかしてるこてや、だいたいきぜんの子が、身分に合わないことをしようとするすけろう、満は、中学だけで就職したてがんに、あんまりかわいそうらねか」
 とりも広作も、だれにもいいようのない心のうちを、こんな愚痴で晴らすより他なかった。子供たちもかわいそうだが、これから顔を会わせる村の人たちに、どういったらいいのだろう。だいたい、俺は、もともと二郎の進学には反対だった、広作は、そう思った。敏一も、二郎も、広作ととりの愚痴を、聞いて聞かぬふりをしていた。いまさら、何をいっても、はじまらないのだ。子供たちが大きな痛手をうけているとき、もう少し優しい、いたわりのことばをかけてもらいたいと思った。これが、親子の心の断絶であった。
 敏一は、ほとんど家にいなかった。高校時代の友人をたずねたり、お産代用のころ勤めていた学校を訪ねたりして、日をおくった。しかし、みんなそれぞれ仕事を持っていて忙しかった。敏一の相手を、ゆっくりしていられなかった。みんなの忙しく働くようすを見るにつけ、敏一は、失職の身であることを一層強く知らされる結果となり、かえって自分がみじめになるばかりであった。もし、俺がこの家の長男に生まれていなかったら、地元の農業高校の分校になんぞはいらずに、町のちゃんとした普通高校にはいっていたであろう。そうすれば、今ごろ、地元の大学を出てちゃんと正教諭になっていたであろう。長男がどうして家の跡をとることになるのか、長男だけが、家のために縛られるなんて。今、自分が、この家の長男に生まれた運命さえ呪いたくなってきた。それにしても、二郎のやつ、なんとふがいのない男だろう、町の普通高校を出て、兄よりも優秀だといわれながら国立の教育学部にさえはいれないなんて。俺は、自分の果たせぬ夢を弟によって成し遂げてもらいたかったのだ。そのために、姉たちを説得したのも俺だ。二郎は、俺が強力に勧めて、高校へも進め、そして大学を受験させてやったというのに。お前は、この兄の気持ちをふみにじった。お前には、この兄の気持ちなどわかっていないのだろう。
 二郎は、家の中にじっとしていることがつらかった。自分の進学のためにすっかり疲れ切っている二人の姉や、二人の兄のための犠牲になって就職しなければならなかった満にどうわびたらよいのだろう。二郎自身、これからどうしたらよいのか、この一年間、受験浪人として、何もせずに、家の中にいることに耐えられるかどうか、一日も早く就職することを望む家の人たちの目の中で。二郎自身も、これから先のことは、全くわからなかった。ただ、体中を目に見えぬ糸で幾重にもまかれ、しだいに自由が失われてゆくような気がした。その二郎の逃避の場所が、喜左衛門家の作業小屋にあった。そこは、冬の間の薪や農具、稲わらが乱雑に、山のように積みあげられていた。その隅に、縄ない機が置かれ、この家で一年間に使う縄は、毎年、二郎がなうことになっていた。重い旧式の足踏み縄ない機のペダルに、二郎は、力いっぱいに足を踏みこんだ。機械は、ガラガラと大きな音をたてて回転し、いくつかの歯車が一斉に動き始める。差し込み口に、入れた四、五本のわらは、竹トンボのようにクルクルまわりながら、ラッパ口に吸いこまれてゆく。次の口から出るときは、すでに太い縄になって、ゆっくりと太鼓とよぶ丸い胴に巻かれてゆく。しかし、その縄の太さが、一定でなく、太くなったり細くなったりしていることは、二郎の気持ちが乱れていることを表わしていた。わらを平均に差し込み口に入れてないと、縄にこうしたむらができてくるのである。そのむらが大きくなると、縄は途中で切れてしまう。家が豊かになり、そこに住む人たちが楽々と自分たちの生をおう歌するために、長く苦しい試練の時期があるはずだ。この家は、今、その暗いトンネルを通っているのだと二郎は思った。急に、二郎は、喜左衛門にしろ、宣三郎にしろそして祖父寅次にしろ、こんな時期があったはずだと思った。今、二郎の心を占領していたのは、そのことだった。 「先祖の人たちよ、あなた方もまたこんな時期があったでしょう。あなたの血を継いだ者が、今ここに苦しんでいます」二郎は、そう親しく話しかけてみたいと思った。どんなに長いトンネルもいつかはぬける時がくるとも思った。二郎は、彼自身をふくめたこの家がこれから直面してゆくだろう家の運命について考えつづけていた。縄は、それから何度も切れた。だが二郎は、いつまでも踏むのをやめようとしなかった。縄ない機の大きな音が、ガラガラと響いている間は、家の中の重苦しい陰うつな空気を忘れることができた。
 喜左衛門家の憂うつは、まだ続いていた。昼のうちに、同じ信仰仲間で、組長をしている新川のおばさんが、広作を東京の本部団参にさそったことからおこった。とりが新興宗教〇〇会に入会したのは、三年前、敏一の大学失敗が直接の原因だった。しかし、その深い信仰心は、彼女が、まだ若い母親だったころ、はじめての子を病気で失ったころから芽ばえていた。とりに入会を勧めたのは、新川のおばさんだった。近所に住むこのおばさんは、むろん、喜左衛門家と特別の親戚でもなかったが、とりたちと親しくしていたので、だれということなく、こうよぶようになっていた。持病の心臓病が信仰によって直ったせいもあって、信仰には熱心であった。この新川のおばさんの話によれば、喜左衛門家の不幸は、先祖の人たちの回向を粗末にしているためであるという。とりが、信仰に熱心な反面、とりの信仰に反対するほどでなかったが、広作自身はあまり熱心といえなかった。
「こんどのことも、なにかおとっつあんと、あなたの心にどこか迷いがあったせいじゃないですか。もう少しおとっつあんからも、熱心になってもらわないと、運は開けてきませんよ」
「はい、とうちゃんにも、いろいろいうんだろも、毎日の仕事が忙しいとかで、いっこう熱心になってくれんので、困っているんですて」
「それじゃ困ります。せっかくとりさんが熱心でも、家のものが、その気にならないと信仰もうまくいかないでしょう。こんど、東京の御本部へ団参がありますが、おとっつあんにも行ってもらえませんか。ここの家の不幸も仏様のお悟りなんですよ。家中で一生懸命になれば、きっと運も向いてきますよ」
「そうですのう、とうちゃんにも、よく話して、きっと行かせてもらえますすけ」
 とりは、新川のおばさんには、頭があがらなかった。子供が母親の前で叱られているように、頭をさげていった。とりも、この家に東京に出るほどの旅費の余裕さえないことを知っていた。しかし、それは信仰のためだ、どうしてでも広作にいってもらわなくてはならないと思っていた。
 その日の夜、とりは、二郎のいるところで広作に話しかけた。
「とうちゃん、きょう新川のおばさんが来て、どうでも、東京の御本部へ団参にいってくれというたろも、どうするい」
「そんげのこといったって、今おら家へそんげの金がねえがな」
「んだども、おめいにどうでもいってくれてがんだがの、敏一や二郎が、家でぶらぶらしているのも、とうちゃんが熱心に信仰しねすけらていうがんだと」
「そら、信仰に熱心になるのも悪くはないろも、まさか借金してまで団参にも行けねろうがな」
 そばで話をきいていた二郎は、がまんできずにとうとう口を切った。
「かあちゃん、俺のこと心配してくれるのはありがたいろも、俺が大学に落ちたがんは、俺の勉強が足りねえかっただけだこて、どこに仏様の力があるてがんだ。あのおばさんのいうことなんか、俺はあまり信用してねえんだ」
「ばかこけ、俺がこんげに信仰を一生懸命しているのも、家中の幸せを思ってのことだねか、お前がそんげに仏様を粗末にしるすけ大学なんか落ちるがんどう。仏様の力があるすけこそ、こうして生きていかれることを知らんのらかや」
 とりは、真剣になっておこった。とりがこんなに激しく叱ったのは、二郎にははじめてだった。二郎は、とりの気醜にのまれたようにだまった。
「おらこの子は、どうしてまあ、こんげのことをいうがんだろう。俺がこんげに一生懸命になっているてがんに、だれもわかってくれねえ」
 とりは、ここまで一気にいってしまうと、しばらくだまってから、こんどは教えさとすような口調で話しだした。
「二郎、仏様なんていうとお前は笑って相手にしねえが、そりゃ、まちがっているぞ、先祖さまが、いつもちゃんと家の者のすることを見守っていてくださるがんだ。その先祖さまがちゃんと守ってくれるすけ、こうして幸せに生かせてもらっているがんだぞ。おれが朝晩、仏様の前でお勤めするがんも、その先祖さまへ感謝のきもちを表わしているがんだ。お前は、自分ひとりで生きていると思うと大まちがいだぞ、だから罰あたりだというがんだ」
「その話は、もうたくさんだて、そんげの話をきいていると、もう飯がまずくならあ」
 二郎がいうと、とりは、飯を口の中にいれたまま、ことばにならないことばをつぶやいていた。敏一も二郎も、中学一年の和彦と小学五年の友江も、みんなだまっていた。長い沈黙が続いた。この家の夕飯が、こんなに気まずく、重苦しかったことはない。いつもなら、だれかが、突然、ひょうきんのことをいい、どっと笑いのおこる食卓であった。広作は、夕飯もそこそこに、「金を借りにいってくる」といって出ていった。そのあと、和彦が、映画を見にいきたいといい出した。
「友達といこうと約束したんが、行ってもいいろうい」
「ばか、こんげの時、映画にいくなんてやつがあるか。おめえだって、家がどんなか知っているろうが」  二郎は、和彦の頬に思い切り平手うちを食わせた。こんなとき、よりもよって映画にゆくなんて、いくら和彦だって、家のことがわからないはずはない、二郎は、それがはがゆい思いであった。和彦は、頬をおさえると、黙って、両足で二郎のわき腹をけってきた。二人は、それからしばらくなぐりあって、和彦は大声で泣いた。
 とりは、仏壇の前で、お経をあげはじめた。つぶやくような低い声で、長い間お経を読んでいた。まるで、他のものには、泣いているように聞こえた。しばらくしたあと、突然とりの大きな声がみんなを驚ろかせた。
「ねら、おおごっだ(たいへんだ)。早く来てくれや。足がいたくて立たんねえよ」
 それは、まるで冗談のように聞こえ、二郎はおかしさのために笑いたくなったほどだ。子供たちがいってみると、とりは、仏壇の前で真青い顔をして倒れていた。
「母ちゃん、どうしたい」
 敏一がかけよって、肩をかした。
「急に足が痛くなって………」
 とりは、敏一の肩につかまって、よろよろと歩いた。もんぺも足でけるようにして、ようやく脱いで、そのままくずれるようにふとんの中にはいった。とりは、ふとんの中にうつぶしたまま、大きく苦しそうなうなり声をたえずあげて、みんなをびっくりさせた。
「二郎、早くとうちゃん呼びにいってこいや」
 敏一がどなるようにいった。二郎が、玄関でくつをはいて出ようとするとき、
「にいちゃんが仏様の悪口なんかいうすけ、かあちゃんが、こんげになったんどう」
 友江がいった。二郎はカッとなった。
「ばか、今ごろ、そんげの迷信をだれが信じるもんか」
 友江を叱って、外へ出た。そんなばかなことがあるもんか、家の信仰が足りないから不幸がおき、俺が仏様を悪くいったから、母が病気になった、みんなは、どうかしているんだ。二郎は、ひとりでつぶやきながら、冷えきった夜道を走っていった。わが喜左衛門苦悩の時なり、二郎も、いつのまにか熱いものがこみあげてきた。四月はじめ、外の晴れた夜空に、星がばらまいたように輝いていた。道の両側に残っている雪が、激しい二郎の足もとでガリガリと鳴った。

 それから、半月ほどして、敏一は、助教諭として、近くの小学校に採用がきまり、二郎も思いがけず、大学の補欠合格の通知を受け取った。

 
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