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「喜左衛門家の柿」 | 第一小説集『雪残る村』

喜左衛門家の柿works

喜左衛門家の柿 7

       (七)
 正月には、東京にいっている満が一家をあげて泊りに来たいという電話があった。そして横浜の姉ミチも、長く帰っていないので帰りたいという。ちょうど中学生の息子も、田舎でスキーにのりたいといっているので、その日を楽しみにしているという。広作もとりも、子供たちが孫をつれて帰ってくるのを楽しみにしていた。兄の敏一たちも連絡なしに突然泊りにやってくる。
「いったい、正月には、この家は何人になるのでしょうねえ」
 二階で、この電話をきいていた加奈子は、つぶやくようにいった。今はもう、この喜左衛門家の嫁の座におさまった加奈子は、台所の仕事いっさいをとりしきっていた。とりは、自然、買い物にいったり、掃除をしたりといった加奈子の手伝いの形になった。それでも家のものだけの食事は、まだよかったが、子供たちが結婚し、喜左衛門家にとって、いわばよそ者である妻や夫とともにくるようになると、それ相応のもてなしもしなければならない。加奈子は、こういうときどうしたらよいのか、とりに相談するが、とりはまことにあてにならなかった。
「おかあさん、こんどのお客さんになにを作ったらよいのですか」
 と加奈子がきくと、とりの返事はきまっていた。
「なんにも心配いらねえぜ、いつもの通りでいいこっつお」
 ここには、加奈子の手をなるべく煩わせたくないとりの遠慮が多分にはいっていた。しかし、これには加奈子も困りきっていた。お客さん対して、特別のもてなしもしないことは、嫁としての加奈子がいかにも歓迎しない印象を与えかねない。こんなときは、どこの家でも、とりが中心になって、加奈子はその手伝いをするのが当然なのだろうに、とりが何もせず、いっさいを加奈子におしつけることに加奈子は不満だった。そのあげくこの相談は、二郎のところへもちかけられるが、台所のことで二郎が相談にのれるわけがない。
 喜左衛門家から出た子供たちが孫たちをつれてやってくると、加奈子の仕事は、いよいよ忙しくなった。その人たちの満足できる食事も用意しなければならない。朝は、たいてい、汁粉や雑煮餅になるのだが、ついてきた小さな孫たちの中には、餅を食べないものもいて、また別の食事をつくり直さねばならないこともあった。いままで、広作ととり、それに二郎と加奈子の四人ぐらしの家は、たちまち、その二倍や三倍もの人数にふくれあがってしまう。その客たちは、わずかばかりのみやげ物を持ってくるが、朝から晩まで一日中、こたつの中で、よく食べたり飲んだりした。朝食のあとお茶を飲む、その間に昼飯の準備をしなければならぬ、客たちは、昼食のあと、ぶらりと近くの親戚に出かけていったりするが、夕飯には、また大ぜいでもどってくる。子供たちは、スキーに出かけてゆくと必ず上から下までぐしょぐしょに服をぬらしてくる。夜寝るふとんの心配やら、ぬれた服をかわかすことやら、十時すぎに、客たちがすっかり部屋にはいるまで、加奈子は、休まる時がなかった。客たちは、なんといっても家ほどゆっくりできる所はないといい、久し振りに故郷に帰ってきた懐しさから、昔の小さい時の話から、今の村の話まで、おそくまで話の尽きることがなかった。
 喜左衛門家は、遠くからやってくる客たちの他にも、もっといろいろな人が次々とやってきた。広作の妹ハルの嫁ぎ先の人達や、その子供たち、五十すぎても結婚せずにひとり暮しの女の人、足が悪くて、車いすで仕事をしている人、知恵がおくれていて他の家にいっても相手にされない二十歳すぎた男の人、これらの人たちは、喜左衛門家と特別の関係にあるわけではなかったが、世話好きでお人好しの喜左衛門家に気軽によせてもらえるというので、よく出入りした。広作やとりのお人好しは、たとえば、家の前の道を知り合いの人が歩いているだけでも
「お茶飲んでいかねかい」
 と声をかけるのである。こうした人たちが次々にやってきて、この家の茶の間には、茶わんや急須はいつも出し放しであった。加奈子は、こういう人には、二階にあがって、ぬいものしたり、本を読んだりして下へ降りなかった。こういう人たちの話の相手が嫌いであった。加奈子のわからない村の話や昔のことなど、たわいもないことをいつまでも話してゆくと、すっかり退屈してしまった。ところが、中には、
「ここの嫁さんの顔を、まだみたことがないので」
 といいながら、わざわざ二階まで顔を見にあがってくる、ずうずうしい客もいた。
 二郎は、客の相手をしながら、神経は、台所で仕事している加奈子の方に注がれていた。とりと話すときのおこったようなしゃべり方や、バタバタ音をたてて廊下を歩くようすから、加奈子の感情の高ぶりを感じていた。喜左衛門家の嫁としての立場に同情こそすれ、二郎は、どうすることもできなかった。台所にいって手伝おうとすれば、男の人が台所にはいるなんてみっともない、いかにも私が仕事をなまけているように人に思われると加奈子はいう。
 客たちが、それぞれ用意された部屋にひきあげると、明日の朝食の準備をおやし、おそい風呂にはいって、加奈子は、いつもよりかなりおそく部屋にもどってきた。
「ああ疲れた、ほかの人たちが楽々と自分の家でくつろいでいるというのに、どうして私だけ、旅館の女中さんみたいに、こんな仕事をしなければならないのかしら。こんなことなら、早々実家に帰っていればよかった」
「大へんだったね、どこの家もこういうことがあるから、みんな家にはいりたがらないんだろう。でも、まさかいやだからって、みんながいるのに、放って帰るわけもいかないよ」
「あんたはいいでしょ、大勢の兄弟に囲まれて、懐しい昔話ができて、どうして、家にはいることに同意したのかしら、私って、なにも知らなかったんだわ、こんなに大へんてことを」
「まるで、俺がだましたみたいなことをいうな」
「私の考える家はね、どこか大きな町の郊外の住宅地、町の中心地にゆくのはいつもバスが通っている、日当りのいい小高い丘の上にちょっとしたテラスのついた、豪華でなくてよいけど応接セットのある洋室や台所のついた小さな家なのよ。子どもをつれてデパートにいったり、映画をみにいったり。私たちだけの城なのに、この家のように、だれでも、遠慮なしにはいってくるお客さんのため、私たちの城がたちまち荒されてしまうなんて、あなたは、にいさんたちに、うまくやられてしまったのよ。にいさんたちは、家にはいるのがいやだから、あんたの申し出に喜んでのってきたのよ」
「俺は、ちょっと違うんだ。家はね、先祖代々から続いている歴史の重みで支えられているんだと思うよ。家をつぐということは、その流れの中にとびこんでゆくことさ。俺たちが生きられるのは、その流れの中に安心しきって身をまかせているからさ」
「私は、あなたのいっていることがよくわからないわ、自由に住む場所を選べなかった封建時代ならともかく、どこにも好きなところへ住める今だというのに、家をつぐなんて、どうしてそんな古くさいことにこだわるの。あなたは、たしかに先祖の血をひいているかも知れないわ。でも、よそ者としての私は。どうなるのよ、あなた、まさか、私にも、その先祖の話なんか押し付けはしないでしょうね。こんなに自由な世の中なんだから、家を継ぐなんてことにこだわらなくても、東京であろうが、どんな山の中であろうが、自分の住みたいところに住めばいいと思うわ、そのために、家が絶えたとしたって、それも仕方ないじゃないの」
「それもそうだが、この正月だって、故郷へ帰る人で列車や車は満員だっていうじゃないか。自分の育った家や故郷に、なぜあんなに苦労して帰りたがるんだろう。そんなことより、どこか静かな温泉でもいって、ゆっくり正月をすごせばよいものを、どんなに自由になりたいといっても、人は、やはり心のどこかで、家や故郷を求めているんじゃないかな」
「そんなこと、都会に住む人のエゴよ、たしかに昔の人は、故郷で食べられないで、やむなく都会に出たかも知れないわ、しかし、今は村がいやで捨てたのよ、そんな捨てた家に、お盆やお正月には帰るなんて。そのために、家に残ったものたちがどれだけ苦労するのかそんなことも考えてほしいわ」
「そのくらい、仕方ないだろう、家にいるんだから」
「こんなこといっても、あなたにはわからないでしょ。お客さんはあなたの兄弟や、親戚で、みんな血のつながった人でしょ。わたしのようなよそ者の気持ちなんか、どうせわかってくれないのよ。…………でも、こんどあなたが転勤の時には、私は、こんな家にひとりで残されるのはいやよ、どんなところへだってついてゆくから」
 二郎は、この加奈子とヒステリックな話をききながら、とりから聞いた祖父の兄喜一郎のことを思った。喜一郎は、妻にそそのかされて、この貧乏な家のあとを継ぐことを拒否して家を出た。喜一郎を意志の弱い親不孝者として、代々の喜左衛門家に伝えられてきた。二郎が加奈子と二人で、広作ととりをこの家に置いて出るとしたら、他の人はどういうであろう。二郎が、家のあとを継ぐと決まった時から、二郎の体は、すでに二郎自身のものから、この喜左衛門家という家と結びついたものになっていた。加奈子は、二郎といっしょに家をつぐことをはっきりと拒否した。
「……それもそうだな」
 たしかに睡気もはいっていたであろう、それ以上に二郎は、しだいに、加奈子に反論するのがものうくなってきた。二郎は、体裁をつくろう形で、加奈子に同意しておいた。
「へんな答え」
 そういって加奈子は笑ったが、それ以上のことを加奈子もいわなかった。

 
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