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「竜の住む池」 | 第一小説集『雪残る村』

竜の住む池works

竜の住む池 2

 五月になると、歴史研究部で遺跡見学旅行があった。行く先は東頚城の顕照寺遺跡であった。顕照寺遺跡は、最近中学校のグランドを整地しているうちに発見されたかなり規模の大きい竪穴住居群で、そこからは著しい数の土器の破片と磨製石器が発掘された。参加者は八人、もちろん加代子もその中にいた。いたというよりもこの見学旅行は加代子が中心となって決めたことであった。
 バスで一時間、終点でおりて十分ほど歩いたところに私達が行く浦川原中学校があった。私達が来訪の意を告げると、あいにく案内してくれるはずになっていた先生は不在だった。加代子の出した葉書がまだ先生の手元に届いていないらしかった。発掘された竪穴住居趾はそのために見ることはできなかったが、それでも出土品の一部は校内のガラス棚に陳列されてあった。
「せっかく出かけてきてもらったのに、ほんとうに悪いことしてしまったわ」
 そう加代子は小さい声で詫びて、土器の一つ一つを手にとって見ていた。他の者達も初めはもの珍らしさから、てんでにそれらの土器や石器を手にとっていたが、十分もしないうちに飽きてしまっていた。土器の美しさに私が心ひかれたのはこの時が初めてであった。
 どんな形のどんな部分を作っていたのかわからないが、小さな土器の破片のどれ一つをとってみても何らかの荒い装飾がほどこされていた。かたつむりの殻のようなうずまきが太い突起した線によって作られ、それが左右から接しているもの、荒く太い線が何本か力を入れてきざみこんであるもの、縄目がこまかく斜めに入れてあるもの。いままで土の中から掘り出された土器に対しても少しも興味のなかった私なのに、今私の手の中にある赤茶けた土器の破片は、生きもののように姿をかえた。これらの土器の発掘される小高い丘の上で、これらの土器はどんな人たちによって作られ、なにに使われたのだろうか。土器の表面に描かれた荒い装飾はなぜこれほど美しいのだろうか。ちょっと力を入れるとその乾いた土器の土はパラパラと微かな音をたてて床の上に落ちた。ここには今までの民話の世界とは違った力強く美しい古代があるのだ。
 顔をあげると、このザラザラした土器の破片にとっくに飽きてしまった他の者達は、一ところに集まって話し、笑っていた。
 その時、私はガラス棚の隅で、だまって土器を手にしている加代子の姿を発見した。他の者達の笑い声も話し声も全く耳に入らないように加代子は一つ一つの土器にじっと見入っていた。これほど真剣な、これほどきびしいものをもった女性は私には意外だった。今まで私の接してきた女性はあのはなやかな嬌声と高い笑い声の中で皆泡のように消えていった。食べものや服装の話を喜々として話すことで終わっていた。私は追いかけられるようにして、再び土器を手にした。
 かつて私が山間の村を訪ねた時、少し山をおりさえすれば川に沿って広い平野があるというのに、山の中腹のかなり急勾配の斜面にじっとしがみつくようにして住んでいる人たちがあった。そこの村にかつて地滑りがおこり、広い大地が少しずつ動いたことや、村中が火事で焼けてしまったことも聞いた。それでも村の人たちはその土地を捨てようとはしなかった。その中から不死鳥のように立ち上った。歴史が変わり、社会がすすんでいくというのに、この人たちは長いこと変わらなかった。いつのころか、祖先の人たちが開いた狭い土地に住んで、そこで黙々と生きている。そのせまく、急な斜面は巧みに耕されて、畑や田になっていた。なんという一途な頑固さであろう。何もいわず黙々と祖先の土地を動こうとしない人たち。その強靱な生命は、考えてみれば、今私の手の中にある土器のころからずっと続いているのではないだろうか。
 私はとりとめもない空想をめぐらしていた。
「渡辺さん、土器って面白いですか」
 気がつくと加代子は私の方を見て笑っていた。
「いいですね。僕は土器なんかはじめてなんですが、すっかりこの美しさに魅せられてしまったような気がします」
「渡辺さんだけにも喜んでもらえて嬉しいわ。わたし、今日せっかくみんなからきてもらったのに、なにもできなくて……。ほんとうにわるかったわ」
 加代子は小さい声で私にいった。
 その日の昼食は近くの寺院の境内の中でとった。それからみんなで池に遊んで、軽便鉄道に乗った。私はそのころもう加代子に気安く話しかけられるようになっていた。
「岡崎さん、あなたはどんな機会で考古学の勉強なんかやりだしたのですか」
「わたし、機会といっても、別になかったんです。ただなんとなく社会科クラブに入ってみんなと一緒にあちこち歩いて、発掘をしたり、土器を整理したりしているうちに古代の遺物に興味をもつようになったんですの。土を少しずつのけてゆくと、大きな石を並べた炉の跡や、丸い柱の穴が姿を現わしてくる瞬間、私はもう夢中なんです。あちらこちらを掘り返しても少しも見つからないでいらいらしているときも、真夏の日がジリジリと照りつけて汗びっしょりになっていても、そのときはもうすべてが消えてしまいます。あの瞬間が私をとりこにしたのかも知れませんわ」
 加代子は眼をキラキラと輝かせながら、こう話しだすと、次から次へと話し出した。縄文時代の住居趾は時代により、場所によってそれぞれ違っていること、例えば前期の後半では関東地方では方形の竪穴住居であったのに、長野、山梨の山岳地帯では円形の竪穴住居であったこと、中期末になると、逆に関東では円形となり、それ以西では隅円方形であったこと、そしてそれはその上にたつ家屋構造の違いも考えさせられることなど、その加代子の話はその方面における加代子の知識の深さを物語っていた。
 村をまわっている間に、部落によって民家にも共通なものがあることは私が早くから気づいていたことであった。私の郷里の民家は中門作りといって、中門とよばれる別棟の建物が母屋の端に直角をなして前後二つついていた。それは平面形はT字形をなし、前の中門をマヤ中門、後の中門はナガシ中門とよばれていた。この作りは魚沼地方に顕著に発達しているもので、郷里の人たちがその昔渋海川をそって魚沼からやってきたと思われることであった。この形式は刈羽平野に出るとガラリと変わった。郷里で見られるT字形の中門作りは全く見られなかった。汽車の窓からこの違った家屋形式を見ていた私はこの二つの文化の境界線がどこにひかれるのか、常に興味をそそられていた。
 大学一年の春休み、私が八石山中のY部落を訪ねたときのことであった。急傾斜の細い坂道をのぼり切ると、そこにはうっすらと雪を頂いたY部落の茅葺屋根が見えた。その時、私の眼に入った家は私がいままで歩いてきた郷里の中門作りとはちがった刈羽平野のそれを示しているのであった。あの時、私が立っていた峠こそその二つの文化の境界線をなしていたのであった。今までだれもそれを口にしたものはない。同じ一つの村の中にふくめてだれも疑わなかったこのY部落は、郷里の他の部落と異質の文化をもっている。私の眼で、今までだれ一人気づかなかった一つの発見をしたのだ。それを知ると、今まで歩いてきた疲れもすっかり消えてしまうような気がした。
「これがそうなのか。この地点が俺の捜していた所なのか」
 だれもいない峠にひとり立って、私は溜息とも叫びともつかない声を発しながら、長いことそこを動こうとしなかった。なぜこんな低い峠がその境界線になっているのか、なぜこの二つの民家形式の違いがおきてくるのか、峠の上からY部落をながめながら、そうした疑問が次々と湧いてきた。そして私の空想は限りなく広がった。
「あの瞬間が私をとりこにしてしまったんですわ」
 という加代子の言葉は私がその峠の上からY部落を眺めた瞬間と一緒になって、私の頭の中で回転していた。加代子のやっていることも、私のやっていることもやり方こそ違え、その底に流れている限りない疑問と空想は同じ一点から生まれていたのだと思った。そう思うと加代子はいつのまにか私の心を激しい勢いで占領していった。
 大学祭の最後を飾るダンスパーテーが講堂で開かれていた。同じ下宿の野口浩はダンスが得意だった。 「渡辺、お前はあんまり真面目すぎるのだ。ダンス位踊れなくてはだめだぞ、毎日ガツガツ勉強ばかりしてなんになるというのだ」
 浩はこういって、私を引張るようにしてダンスパーテーに連れていった。会場につくと私にかまいもせず、さっさと他の女の人を見つけて踊っていた。
 ゆるやかなワルツのメロディが会場いっぱいにあふれていた。薄暗い、色のついた電灯の下で幾組もの男女が踊っていた。そこではだれもがいつも教室の中で冗談をいって笑っている友達とはちがった大人びたものをもっていた。その幾組かは音楽にあわせてゆっくりとステップをふみ、ターンをしながら、私の前を通り過ぎていった。踊りながら小さくうなづいたり、笑ったりしながら。私は妙におどおどしたまま、その中に入れなかった。会場の反対側に並んでいる女の人に踊りを申し込むことも出来なかった。みんなは喜々としてその雰囲気の中に酔っているのに、私の心のどこかにある固く、きびしいものが私を若さの中に入りこませなかった。
「お前はあまりにくそまじめなのだ」浩にそういわれそうな気がした。私は決心のつかないまま会場の隅のベンチに長いこと腰かけたまま動かなかった。柔らかい女の人の手をとって、ゆっくりと動かし、小さく笑い、うなづきながら彼らはいったい何を話しているのだろう。とうとう私は逃げるようにして会場を出た。音楽が嘲笑するように私のあとを追って来た。泣きたいようなみじめな気持で、私はその嘲笑から少しでも遠ざかろうとした。
 控室を通りぬけて、外へ出ようとする時、私はその控室に加代子がうずくまっているのに気づいた。それは長くたらしたおさげですぐわかった。
「岡崎さん、どうしたの、踊らないの」
 と近くによっていった。加代子は驚いたように私を見た。
「まあ、渡辺さん、友だちにさそわれてきたんだけど、私ってだめなのよ。とてもあんな雰囲気にとけこめそうもないわ。友達はそんな私をひどく嫌うのよ。『岡崎さんて偏屈な人ね』って。わたしだってほんとうにみんなと楽しみたいのよ。だけどとてもあんなことできないわ。なんだか若い人の群からとりのこされたみたいでひどくさびしいのよ」
 私はその加代子の話すのを聞いて、ここにも同じ仲間がいるのだと思った。あの土器の話を眼を輝かせて語った加代子は、今冷え冷えとした控室の、暗い裸電球の下で、一人うずくまっているのだ。会場の音楽はここでもよくきこえた。私は急に加代子がいとおしくなった。
「なにもダンスができることだけが、若い人の特権ではないでしょう。僕もとうとうぬけ出してきたのさ。よし、それならあんた僕の下宿に来ない。田舎から送ってきた餅をごちそうしようか」
 それは、ごく自然に私の口から出たことばだった。
「いいわ。ごちそうになってもかまわないかしら」
「あんたがそういうなら、歓迎するよ」
 そうして私は加代子と二人で外へ出た。五月下旬の外気はまだつめたかった。会場の音楽だけはまだかすかにきこえていた。加代子と二人、私は話らしい話もしなかった。どうかすると、加代子の髪の匂いがかすかにする時もあった。
 加代子は下宿のおばさんに丁寧にあいさつすると、二階の私の下宿にあがってきた。
「渡辺さんの部屋って案外きれいなのね」
 それが、私の部屋での最初のことばだった。そして「ほほほ」と笑った。私がコンロの炭をおこす間、加代子は皿を洗ったり、それに砂糖と醤油をまぜたりした。あみの上には、白い餅がいくつかならべられた。その餅の焼ける匂いが、部屋いっぱいに漂いはじめた。それからしばらくしてからであった。
「私ってね、このごろ自分のやっていることがひどく不安なのよ。自分のやっていることが正しいのか、間違っているのかさえもわからないの。しまいにはなにをやればいいのかわからなくなるのよ。渡辺さんはそんなことってない」
「それはだれにだってそんな時はあるさ。若い日にはいろいろなことをやってみた方がかえって有益なのではないですか」
「でも私、渡辺さんが羨ましいわ。自分のやっていることにほこりをもって、毎日ほんとうに楽しそうなんですもの。私はどうしても人と一緒にやっていけないのよ。みんながピクニックやダンスにさそってくれても『私って、なんのためにそんなことをするのかしら』と考えてしまうの。私って結局ひとりなんだわ。ほんとうにひとりなのよ」
 私はだまってこの加代子の訴えをきいていた。加代子のためになにかを言うべきであった。加代子と顔を合わすたびに自分のやっていることや読んでいる本のことなどを喜々として話していた私は加代子にとっては羨ましく見えたのだろう。私はほんとうにこの加代子のために、なにか励ましのことばをかけてやるべきであったのだ。しかし、私は何もいえなかった。「若い日はいろいろなことをやってみた方が……」という私のことばも決して私が自分で実感したものではなかった。それは年よりが若い人たちにいうありふれたことばにすぎなかった。
 餅がほどよく焼けて食べごろになると、加代子はいつのまにか子供のように快活になっていた。そして休まずに口を動かした。
「わたし、こんなに食べていいかしら」
 思いついたようにそういって、お茶目な少女のような眼で私を見た。
「あんたもよく食べるね」
と私がいうと、
「私食べることには負けませんわ。でもちょっとはずかしいわ」
といって笑った。かんばしい餅の匂い、二つに割った時の白い湯気、私も加代子もたわいない冗談をいいながら口を動かした。
 二人の腹がようやくくちくなったころ、時計は十時をすぎていた。加代子もそれに気づくと、そそくさと帰り支度をはじめた。
「私もう帰るわ、ほんとうにおいしかったわ」
 そういって玄関を出ようとする加代子に、
「岡崎さん、じゃしっかりやろうさ」
 といって、加代子の肩をたたいた。加代子はふりむいて笑った。
「ありがとう、またごちそうになるわ」
 加代子はそういって、私の次のことばを恐れるかのように、暗い闇の中に走って消えた。

 
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