本文へスキップ

「竜の住む池」 | 第一小説集『雪残る村』

竜の住む池works

竜の住む池 4

 新しい安保条約をめぐって国内には日に日に反対の声が強まっていった。議会政治をふみにじって与党が採決を強行したことによって国内はさらに大きな嵐にまきこまれていった。連日国会議事堂のまわりはたくさんのデモの波にうまった。自治会でも市内デモが続いた。私も加代子もそのデモの中には必ずいた。ギラギラと照りつける強い夏の日ざしの中で街も建物もそして人もみんな炎のように燃えていた。デモの列もその中で乱れがちであった。疲れ切ったのかもう歌もおこらなかった。みんなは葬列のようにだまってアスファルトの道を歩いた。
「渡辺さん、日本に革命っておきると思う」
 いつのまにか後ろにきていた加代子は興奮した声で私に聞いた。
「さあ、僕はそんなことわからないなあ」
 あまりに唐突な加代子の質問に、私はこういうだけだった。
「大化の改新や明治維新は一つの革命だったんでしょう。私はおきないとは思わないわ」
 加代子はとまどっている私に詰問するような調子でこういった。
「僕はまだ勉強してないから、ほんとうにわからないんです」
「渡辺さんて、いままで一度もそんなこと考えたことありませんの」
「ありません、僕はただこんどの安保条約が議会政治をふみにじってやったことに反対しているんです」 「じゃ渡辺さんは安保条約そのものには反対ではないんですね」
 加代子は次々と私にむかって質問をしてきた。私はそういう質問にはほんとうに困ってしまった。
「さあ、そんなことも、あまり深く考えたことがないんです」
 私のこうした態度に加代子は明らかに軽蔑の表情を示すと、
「渡辺さんて、案外純情なのね」
 といった。それだけだった。そして加代子は私を追い越して先頭に向かって歩き出していた。今までひたすらに山間の村を廻り、素朴な明るい庶民の心に憧れていた私には、政治とか社会とかという大きな問題に答えるためにはなんの知識も持っていなかった。加代子のいう「革命」という言葉と安保条約をめぐるこの国内の激しい反対運動とどう結びつけてよいのかわからなかった。

 
 >  >  > 4 >  >  >