本文へスキップ

「雪ごもり」 | 第一小説集『雪残る村』

雪ごもりworks

雪ごもり 4

 びしょびしょとつめたいみぞれが降るころになると、いいあわせたように「またいやな季節がきたな」と空をながめる。短い暑い夏はたちまち過ぎさっていった。どんよりと重くたれこめた雪雲は、この地で冬を知っているものたちのだれにも、重々しくのしかかっていた。軒をこす大雪は、人々の生活と心をとじこめ、重苦しく、陰うつにした。部落の人たちも、次々とあたたかい地方に働きに出ていった。朝、学校へゆく途中、大きな荷物をもって、皮ぐつをはき、コートを着た出稼ぎ者に幾組もあった。家族のものたちに送られながら、沢木にあいさつしていった。
「先生、また子どもをよろしくお願いします」
「はあ、おとうさんも体に気をつけて働いてください」
 沢木は、短くこういって、あいさつをかえした。一年のうちの半分は、こうして家族のものたちと別れて、ひとりで生活する。自動車の部品をつくる工場、寒天づくり、石焼きいも売り、道路工夫、といったようにその働く場所もいろいろであった。この地に生まれた人たちは、これが宿命のように、冬になれば家にいられないものだと思っている。父親が働きにゆく日は、生徒たちもぼんやりして、元気がない。沢木の教室の中にも敏感に反応した。
 冬を前にして、田代の仕事もますます忙しくなった。越冬用の給食物資の搬入を終わらなければならないし、十本をこす燃料用ドラム罐を屋内にしまわなければならない。便所のくみとりをやってしまわなければならない。校内を雪から守るはめ板も心配しなければならない。ストーブ、煙突といった暖房の道具もとりつけなければならない。時には、生徒が手伝ってくれることもあるが、その指示は田代自身がやる。連日、田代は、校内をこまねずみのように頻繁に往復していた。しかし、それは、毎年冬が来るたびに田代自身の習慣であるかのように、秩序正しく、整然と行なわれた。
 外で、激しく吹雪が荒れている晩、宿直の沢木は、早めに田代をおくって、校内巡視に出た。すさまじい濁流のような吹雪の音が、校舎全体をまきこんでいた。時折、なぐりつけるように強く吹く風で、校舎全体がゆれるのを、沢木の体は、たしかに感じとった。外を見ると、雪が白く筋を引いて、流れてゆくのが見えた。この地では、雪は上から降るのではない。むしろ下から風といっしょに吹きあげてくるのだ。風の強い日は、雪けむりは昼でもまわりの景色をすっぽりとおおいかくしてしまう。風にのった雪は、校舎の建物でふわりと方向をかえて、南に面した屋根におちる。沢木は、右手に懐中電灯をもち、左手をアノラックのポケットに入れたまま、ゆっくり校内をまわった。気温がさがっているせいか、頬にあたる風が、つきさすように痛かった。一階の窓には、欄間に届くところまで厚いはめ板がはまっていて、地下室の廊下を歩いているような感じだった。吹雪は、ほんのわずかな戸のすきまを見逃すことなく吹きこんできて、廊下や体育館に、白いふきだまりを作っていた。窓ガラスには一面に雪が張りついて、黒い闇をうつす余地はほとんどなかった。窓ガラスがよくしめられなかったり、ガラスが窓わくからずれていたりすると軽い雪は、わずかなすきまも見逃さず、たちまちそこを目がけて吹きこんで来るのだ。
 沢木は、その吹きこみをさけて歩いた。吹きこみの上にあがると、すべって転倒さえしかねない。明日朝、週番の生徒は、シャベルでこの吹きこみを校外に出すことが仕事になるであろう。そうじの時、水を少しつけすぎたのであろうか。まだかわかない床は、すでに凍っていた。外の吹雪の音と、沢木自身のスリッパの音以外、校内は死んだようにひっそりしていた。この吹雪の中の夜の校舎に、沢木の他だれもいないのだ。つい、さっきまでこの体育館では、クラブの生徒が、寒さをついてかけ声かけながらバスケットをやっていた。今ひとりで校内を回っている沢木には、それが信じられないほどであった。
 二階の廊下の窓から、吹雪の中に隣郡の村の灯がかすかにまたたいているのが見えた。その灯は、いく重にもおりかさなった山の間に消え入るように小さく見えた。冷えきった廊下にたたずんで、窓ガラスに額をつけるようにしてその灯を眺めつづけた。沢木が、この花村校に来る時、あの灯の村を通ってきた。その灯を見つめていると、沢木は、今、たったひとり、この吹雪の中にとりのこされているような錯覚におちいった。
 これから四月までの五か月、この地に住む人たちは、この深い雪の中にとじこめられる。人の足で歩くほかは、あらゆる交通機関から見放され、この雪の中に、すべてがすっぽりうまってしまう。激しい吹雪の日は、その細い雪道さえもうまって、人々は家の中で、じっと雪のやむのをひたすら待つだけ。雪の降る前に貯えていた食料をたべ、雪をのけ、自らの住む場所だけを確保する。それは一種の冬眠ともいえるであろう。
 吹雪が、花村校とその灯の間に、幾重にも幾重にも、白く冷たく厚い壁をつみあげてしまうのだ。三月の春休みまで、家には帰れないだろう。
 その夜、宿直室の重く、しめっぽいふとんの中に体を横たえると、沢木はしきりに女の体のことを思った。白く、あたたかく、ぬめぬめとした女の体が、幻のように目の前にあらわれるのを見た。
 雪の降り続く日は、夜明けがおそかった。高い障子窓が、ほんのり明るくなるころ、すでに時計は、七時をすぎていた。田代が、戸をあけて外を見ると、きのうから降り続いた雪は、すでに、昨夜おそく彼の帰ってきた足あとを完全に消して、さらに降り続いていた。
「また、ばかにふるなあ、ハツ、大きなかんじきを出しておいてくれや」
 田代が、いろりのそばで朝飯のもちをほおばっていると、道ふみにいった中学二年の長男孝夫もかえって来た。田代には、今家にいる妻のハツとこの孝夫の他に二人の娘がいた。ふたりともよそに出てひとりは看護婦見習い、ひとりは理容師見習いとして働いている。
 田代は、急いで朝飯をたべおわると、いつものはきなれたかんじきの上に、ハツの出してくれた輪の大きなかんじきを背負った。一冬の間に、その大きなかんじきを必要とする日は、めったになかった。田代は、きょうの雪の量が、この冬でもめったにないほど多いことを感じとっていたのだ。
 家を出ると、どこの家でも道ふみがさかんである。しかも、男たちが稼ぎに出たあと、どこも女や子供の道ふみである。家によっては、まだ踏んでないところもあった。そんなところは、ももまで達する新雪を踏んで、大またにすすんでゆくのだ。家の中から、
「おじさん、悪いね、雪ふみがおくれて。今つけるすけ、待っててくんねか」
 と声がかかるところもあった。
 とにかく、この大雪の朝、この花村部落の中を歩いて学校にいくのは、なんといっても田代が一番であった。雪のない間なら、家の裏側を尾根づたいにのぼっていけば、すぐ学校の裏に出るのに、今そこは深い雪がつもって、道があろうはずはない。田代は、学校にゆくのに、部落の中に出て、ちょうど部落の端から一周するようにして学校にゆくことになる。この大雪の朝早く、外に用のある人は、彼の他にいなかった。部落の人たちは彼のために早々と道ふみをさせられるようなものである。
 学校の入り口につくと、田代は背負っているかんじきをおろした。今はいているかんじきの下に、もう一つ、大きなかんじきをつけて校舎の玄関までの道ふみをするのだ。大きなかんじきをつけると、重くて、足をもちあげるのに手間はかかるが、足はうまらないですぐ広い道ができた。雪は、田代の体でぎしぎしと音をたてて、踏み固められていった。
 はじめ、入り口から職員玄関まで踏むと、引き返して、生徒玄関まで踏んだ。間に、せまいグラウンドがあるが、二つの道あわせても八十メートルくらいしかないのに、そこを二往復すると、体中から汗が吹き出て、えり首からあがる湯気が眼鏡をくもらせた。つけおわって、積雪計をみると、きのうから五十センチの新雪がつもっていた。二メートル五十センチの積雪計をみながら、
「そろそろ、学校の屋根の雪おろしもしなければならないな」
と田代はおもった。どの部落から、何人の雪おろしをたのむかも、田代の仕事であった。
 玄関にはいりこんでいる雪をシャベルでのけて、校内にはいる。宿直の先生はまだ寝ている。かんじきをぬいで汗ふく間もなく、給食室の重油バーナーに点火する。そして校長室と教務室のストーブをたきつける。時間は八時半をすぎていた。生徒が登校しはじめる、先生たちもやってくる。出勤してきた先生たちにお茶を入れると、こんどは、小学校一年から中学三年までの教室のストーブのたきつけが待っている。重油をすいこんだ軽石の発火器に火をつけながら、生徒のストーブ当番といっしょに各教室をまわる。ようやく全校のストーブに火が燃えはじめるころ、すでに一限の始業チャイムが鳴り出す。
 冬になると、田代の朝は、いつもこうしてめまぐるしい仕事の連続であった。田代は、給食室の石油ストーブの前に、どしんと腰をおろして、煙草に火をつける。とにかく授業がはじまると、田代の仕事も一段落する。貴重なわずかな一服である。
 しかし、すぐ次の仕事が待っている。給食に使う材料の仕込みがある。そして明日の材料を注文する。部落の人たちのもってくる野菜に金をはらったり、プロパンガスのボンベのとりかえ、重油バーナーのタンクに重油をつめる仕事もする。教室の窓がうまってしまったといえば除雪、いたずらして窓ガラスを破ったといえば、ガラスを切る。あらゆる仕事が田代ひとりのところにもちこまれてきた。
 しかも、冬の間、役場や郵便局のあるM町の本村への往復も田代の仕事であった。十二人の先生たちの給料をもらいにゆく、教育委員会に文書をとどける、商店に支払いにゆくなどの仕事は、いっさい田代の手になっていた。こうした学校の仕事の他に、個人的な用事もたのまれる。花村部落には、酒と雑貨をかねた店だけだったから、住宅にいる先生から、肉や魚、あるいは下着類の購入をたのまれることもあった。だから、田代が本村から帰るときには、背中のリュックはいつもいっぱいになっていて重かった。彼が沢木を迎えたとき背負っていたのも、それであった。時には教育委貝会の文書に魚のしみがつくこともあった。
 給食の仕事は、二時近くには、食器もきれいに洗いおわり、明日の材料も用意されて、完全に終了した。仕事がおわると、田代と給食婦の広瀬は、手伝いにやってきたふたりの部落の人たちとお茶をのみながら話すのだった。
「おまえとこは、来年は、卒業だども、どうするつもりだい」
田代は、部落の人にこう話し出した。
「何だかのう、家じゃ女の子だし、できたら家の手伝いをしてもらいたいと思っているんだども、このごろのこどもは、百姓をいやがって困るて」
「思いきって、高校へあげる気はないかの」
「だめだのう、このごろは、高校なんか、ばかげに金がかかるという話だねか」
 M町の本村には、町で大へん努力してたてられた県立高校があった。しかし、花村校から高校へ進学するものは、五割をこすことはなかった。しかも、女子の進学率は極端に低かった。
「それに女の子じゃ、高校を卒業しても、すぐに嫁にやらなきゃならんし、せっかく高校にあげても、みすみす金をすてるようなもんだ」
「たしかにそうだて、男の方だって、高校を出れば、もうこんなところに住んでくれない。せっかく苦労して高校へあげても、子どものほうはいいかも知れんが、あとに残された親はどうなるね」
 手伝いにきたふたりの母親は、こうして田代の考えに反論してきた。
「それでも、今、町じゃもう高校は義務教育みたいになっているし、中卒じゃ、なんといっても仕事が限られてしまって、どうしようもないがね。これからの子どもは、少しくらい親が無理してでも金をかけてやらなきゃかわいそうだて」
「そんなこといったって、おらたちだって、こうして高等科も出してもらえず、小学校出ると、すぐ東京に女中にやらされたのだねか。子どもが大きくなって、これで少しは楽ができると思ったら、また子どもに金をかけてやれという。子供に金をかけてやれば、もうこのまま村へもどってはこねえだろうし、貧乏くじ引くのは、おらたちだけだ」
「そりゃ、おまえたばかりじゃねえ、おらだって十三の時から東京に奉公させられた。食堂でも、ゴム工場でも働いてきた、そしてこの学校の小使いをして、十七年もたつのに、大学出たての先生と同じ給料、それで学校のきたない仕事、力のいる仕事はみんなしなきゃならねえ。今愚痴をいってみてもはじまらねえ、時代というもんだ。こんなとき、こんな不便な土地に生まれたのもめぐりあわせだとあきらめるよりほかあるまい。せめて、子どもにはおれたちみたいな苦労をさせたくないと思っているんだども」
 こうした田代の考えは、村の人にはあまり理解してもらえなかった。しかし、田代は、自分の考えがまちがっているとは思わない。親たちは、自分たちの過去を子どもにおしつけようとする。学校を卒業したら、子供を働かせて、少しは楽をしよう、苦労の多い田んぼ仕事を手伝ってもらおうとする。しかし、子どもはそんな親の願いを考えてはくれまい。この時代、自分たちが生きるのにせいいっぱいなのだ。だれかが犠牲にならなきゃならぬ。子どもにはなんとか技術を身につけさせねばならぬ。それは、十七年、間接的とはいえ、生徒たちを相手にしてきた田代順三の実感であった。そのためふたりの娘を看護婦と理容師にしようとして金をかけている。
「四十をこえたおれたちは、もうさきが見えている。でも、まだ子どもたちには将来がある。親たちは、もうちょっとこの子どもの将来を考えてやらにゃならんのでねえか」
 田代は、そういって、冷えきったお茶をのみほした。校内は、掃除がはじまったのだろうか、バケツをもってお湯をもらいにくる生徒がやってきた。

 
 >  >  > 4 >  >  >  >  >  > 10