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「雪ごもり」 | 第一小説集『雪残る村』

雪ごもりworks

雪ごもり 7

 沢木のクラスの和島たみ子の父親が出稼ぎ先で死亡したという電話がはいったのは、二月のおわり、全校で校舎のまわりの除雪している時であった。だれが電話をうけとったのであろう。沢木があわてて、たみ子のところへ走ってゆくと、たみ子は、何も知らずに、額に汗を流しつつ、大きな雪のかたまりにシャベルで懸命に挑んでいた。
「たみ子、家から電話があって、おとうさんがたいへんなことになった。すぐ帰れ」
 と沢木がいうと、たみ子はびっくりしたように沢木の顔を見たが、なにもきかずにうなずくと、すぐアノラックを着て、かばんをとりに教室にもどっていった。大きな雪の山の間をぬって。
「たみ子は、成績もいいし、親は、どんなに苦労してもよい、高校だけは出してやりたい」
 かつて、学校へやってきたたみ子の父は、いつも口ぐせのようにいっていた。いかにも人のよさそうな微笑をうかべながら。出稼ぎ先に出かける前、わざわざ学校にあいさつにやってきて、
「私の家は、お金も田んぼもありませんが、なんといっても、体だけは丈夫ですから、これだけが財産です」
 といって、にこやかに笑っていった。
「たみ子さんも、いいおとうさんをもって、しあわせですね。どうか体にだけは十分気をつけて、働いて下さい」
 沢木は、それだけいって、たみ子の父をおくり出した。それが、たみ子の父との最後の別れになるとは、だれが予想していよう。
 たみ子の父は、この冬、部落の人たち大勢と、汽車で一日乗っていなければならないほど遠くの三重県尾鷲で、道路工夫として働いていた。
 たみ子の後ろ姿を見送ったあと、沢木は、しばらく、仕事に手がつかなかった。この時を境に、たみ子の人生が大きくかわろうとしていることを思った。
 「たみ子だけはどうしても高校に出したい」という父親の願いは、今空しくなってゆくであろう。そのあとたみ子を待ちうけている運命は、たみ子にとって決していいものではないはずだ。おどおどしながら、雪の山と他の生徒のスコップの間を走りぬけてゆくたみ子には、それはわからなかったであろうけれども。
 翌日、たみ子は学校へ来なかった。家では親戚の人たちをたのんで、葬式の準備に忙しかったにちがいない。高校生の兄が、遺骨をとりに出かけていったという。
 遺骨が帰ってくる日、花村部落の人たちは部落総出で、本村まで迎えにいった。沢木が赴任した翌日、教室の窓から見たと同じ黒々とした人の列がこの日も続いた。花村部落では、これで二年続けて出稼ぎ者の遺骨を迎えたことになる。この列に加わっている人たちも、夫を遠く出稼ぎ先に送り出している女たちがほとんどであった。この深い雪の中で、家をまもり、年寄りや子どもを守ってゆく女たちであった。半年の間、夫の留守を守ってこの雪の中に生きる女たちは、どの顔も雪やけして、たくましかった。中には、この列に加わるために、急拠、出稼ぎ先から帰ってきた男たちもいた。
 列の真中あたりに、たみ子の兄にかかえられた遺骨のはいった小さな白木の箱があった。かたわらにうなだれて歩くたみ子の母、たみ子も弟といっしょにその列の中にはいっていた。その列にはいることを恥じるかのようにおどおどした小さい足で列におくれまいとしていた。
 沢木が、クラスの代表といっしょに、たみ子の家を訪問したのは、それから二日たってからであった。葬儀のあと、人の混雑をさけてこの日を選んだのである。もう葬儀のあとしまつもおわって、手伝いにきた人たちが、使った膳椀のかたづけをしているところだった。
 仏檀には、いつごろの写真であろう。こぼれるような微笑を浮かべた写真が額に入れて飾られてあった。中央には、花にかこまれた遺骨の箱がおかれ、その傍らに出稼ぎ先から子どもたちにあてた何通かの手紙も添えられていた。手にとってみると、自分の働いている道路工事のこと、卒業する息子へのお祝いのことば、家の将来のことなど、仕事のあいまをぬって書かれたのであろう。こまごまとした字で、けんめいに家や子どもを思う気持ちが書かれてあった。
いかにも、子どもおもいの、人の好さそうな父親をほうふつとさせるものだった。
 あとには、五十に近い妻と、ことし高校をおえる長男をかしらに、一番下の三年生の二男まで四人の子どもたちが残された。この残された子どもたちにまだまだいいたいことがたくさんあったであろうに。突然の死は、なんと残酷なことであろう。
「むこうのほうでは、どんなだったんです」
 沢木が口をきくと、尾鷲まで遺骨をとりにいったという親戚の人が話してくれた。
「ちょうど倒れる日の朝、ちょっと頭痛がすると同僚にもらしたということです。うまくはきものがはけなかったのだそうです。でもなにしろあの人は、自分ほど丈夫な者はいないというような気丈なんですから、体には絶対の自信をもっていたのです。もちろん血圧など一度もはかったことがないのです。きっとむりして、その日も現場へ出かけたのでしょう。十時すぎ、工事現場で倒れ、すぐ同僚の人たちが病院に運んだけど、とうとうそれっきり、一度も意識をもどさなかったということです。ほんとに運のない人でした。ことしはようやく長男が高校を卒業し、これから少しは楽になるという矢先なのに」
「ほんとに、子ども思いのいい人でしたのに」沢木は短くうなずいて、ことばを切った。これほど身近に、人の死というものを感じたことはなかった。死は突然に、人の願いや喜びをふみにじって、強引にやってくると沢木は思った。たみ子は、おそらく中学を出ると同時に就職することになろう。それをただだまって、うなずいているしかない沢木には、教師という仕事が、ひどくむなしいものに思えてきた。

 
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