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「雪ごもり」 | 第一小説集『雪残る村』

雪ごもりworks

雪ごもり 10

 雪の中で、二十名の卒業生を学校からおくりだした。体育館のはめ板は、この日のためにはずされたが、壁のように高くつまれた雪で外の景色は見えなかった。この日のために全校生徒が出て、雪をのけ、玄関にはきれいな雪の段がつくられていた。
 卒業式は、小中合同で行なわれたが、小学校の方は、式がすんでからもまた学校にやってきたから、卒業した感じはない。
 式がすんだあと、職貝とPTAの役員との祝宴にうつった。祝宴といっても肉汁にフライ、ほうれんそうのひたし、それにさきいかとピーナツがこの日の肴であった。田代の手料理である。役員の人たちは、つぎつぎに職員のところをまわって、酒をつぎにきた。酒に弱い沢木はその盃をことわりきれずに飲むと、たちまち顔中が赤くほてった。沢木がことわると、
「ここにやってきて、酒が飲めないとは、どうしたんです。一年間、みっちりきたえられて、腕をあげていいはずですがね」
 といいながら、ゆるそうとしなかった。
 しばらくすると歌がでて、座はにぎやかになった。ハーモニカが吹かれ、給食のアルミ食器がはしで打たれ、宴はたけなわとなった。
 居ならんでいる十二名の職員のうち、三分の一は、三年の年季を終えて、はれて平場の学校にもどってゆく立場にあった。三十六か月がこの人たちの年季であった。一か月がおわるたびに三十六分のいくつがおわったことを確認するのだ。この人たちにとって、まもなく三十六分の三十六がまさに終わろうとしているのである。「いつも町の方をむいて授業している」と田代が嘆くのも無理ないかも知れない。だれかがやすき節を踊りだした。沢木は笑いながら、ござの上をすべるくつ下の足を見ていた。その足は、晴れて年季のあけたことをことほいでいるように見えた。いつか酒の席で、N先生は、こんなことをいった。 「われわれは、ここに出稼ぎに来ているのだ。村の人たちは、冬の間、雪の降らない暖かい地方へ出稼ぎするというのに、われわれは、三年間という長い間、この雪の中にとじこめられるのだ」
 事実、冬になると、よほどのことがない限り家には帰れなかった。本村までくるバスさえ雪のためとまることがあるので、家に帰るには、郡境をこえて、三時間の雪道を歩く決心をしなければ外には出られなかった。自然、用務員室のコンクリートには、酒の空ビンがずらりと並ぶ結果になる。沢木もまた、あと二年すれば確実にこの地を去ってゆくのだから、その出稼ぎのひとりにちがいなかった。
 花村校にやってくる校長は、必ず新任の校長であった。平場、大規模校の教頭から、校長に昇格した人がほとんどであった。そして三年すると、こんどは指導主事や大規模校の校長に展開してゆく。花村校は、いわば、そうした新任校長の一つの踏み台であった。これをひにくった村のひとりはいう。
「花村小中学校は、その名前をかえねばなるまい。花村新任校長研修校と」
 校長も職員も三年すれば必ずかわる。それはいつのまにか生徒の中にも知れわたっていて、生徒の前で、来年のことなどいったりすると、
「そんなこといったって、来年、先生はいなくなるかも知れないのに」
 ということばがかえってきた。それは教師の手の内を見すかされたようで、ひどく指導しにくいことだった。だから、花村校では、来年の話を生徒にすることは、タブーになっていた。
 祝宴は、学校長の音頭で、万歳を三唱しておわった。だいぶ酒のはいった職員たちは、このあと役員をしている部落の家まで大挙しておしかけようと相談がまとまったらしい。一同席をたって、学校を出たあと、宿直の沢木と田代とであとかたづけをやった。食器を集め、酒のビンと盃とを集めた。裁縫台をかたわらに積み、ござをくるくるとまいた。
 会場のストーブの灰をおとしたのを最後に、手ぎわよくあとかたづけがおわった。宿直室のこたつで、ふたりはお茶をのみ、菓子をつまんだ。
「一年なんて、こうしてすぎてみると、たちまちすぎさってしまったという気がするな」
 沢木がふとこうもらすと、
「先生みたいに、期限がきめられていれば、短いのも無理ないでしょう。でも、この土地に住んでいるものには、一年は長くつらいですよ。やっとすぎたという感じで」
 田代は、たばこに火をつけながらそういった。
「おじさんも、この冬は、たいへんだったからね。これからどうするつもりです」
「実は、そのことで、いろいろ考えているんだけど、ともかく孝夫が卒業するまでは、なんとかひとりでやっていかなくちゃ。妻に死なれてみると、この場所は、つくづく住みづらくてね」
 孝夫が卒業したあと、四十すぎた自分が、雪の中でのやもめぐらしを考えると、田代はひどくあわれに思えてきた。ひとりでぼそぼそと菜を切ったり、飯をたいたり、そしてやってきた村の人にお茶を出してやる生活。今は健康だからいい、しかし、いつ病気にならないともわからない。部落の人たちは、気の毒がって、来なくなるだろう。ある朝、人がやってきたら、つめたくなっていたなんて考えてみるだけでぞっとする。
「子どもから帰ってもらって、親のために犠牲にしたくもない。子どもたちに独立してもらったら、後添いをもらって、ふたりで町にすんでそばやでも開こうと思って」
 沢木がこの地にやってきた時、絶対の自信をもって、職員の怠惰を叱り、校舎内をこまねずみのように動きまわっていた田代であった。目の前の田代は心なしか肩がおち、目もくぼんで、ぼそぼそとつぶやくように話しつづけていた。
「夫婦とも健康なうちは、食うことにだけは困らずに、なんとかくらしていけますが、どちらかが欠けてしまうと、とてもこの地では住めませんね。そりぁ、なんとかして、この雪の中に、一生をおえたいと思いますよ。この年になって、都会のあの人ごみとあわただしさの中にこの先、老いさらばえた身をさらしたくありませんね。わずかな田畑など、買い手はつかんでしょうし、今までの退職金などたかが知れています。裸一貫、都会の中にとびこんで、どんな苦労がまっているのか、それを考えると不安です」
 沢木は、うなずいて、田代の次のことばを待った。
「今、私らみたいに、とり残された地に住んで、いきてゆこうとする者には、すみにくい時代です。いっそのこと、先生みたいに若かったら、もっと自由に生きたでしょうし、もう二十年も歳とっていたら、楽々と山の生活をたのしんで往生できただろうと思います。なんにしても中途半端なんです。こんな時、こんなところに生まれてきた自分がいやになることもありますよ」
 外では、思いがけなく、暖かい春の雨が降って、宿直室の窓のところまで、深い霧が迫ってきていた。この地に住む人たちのさまざまな思いをこめて、たみ子の父と田代の妻の骨を埋めた雪が、暖かい春の雨で急激にとけようとしていた。

 
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